キーワードは「人間集団」と「社会への応用」(やさしい疫学解説1)
手に入れた食情報や健康情報の内容を受け入れて、その効果を期待して試してみる価値があるのかどうか…。それを判断するときに「疫学研究論文の結果に基づいていること」は最低限必要な条件であること、そして疫学の知識があれば、その研究論文の信頼度をもっと適切に評価できるようになることを、前回のnoteでお伝えしました。
そういうわけで、私は、疫学の基礎知識を身に着けておくことは、生きる知恵をつけることになり、どんな人にとっても意味のあることだと思っています。とはいえ、もともと疫学って大学院の授業の中で、半年かけて学ぶような奥の深い学問でもあり、難しそうというイメージを持たれても仕方ないかな、と思っています。
そんなイメージを崩して、もうちょっと気軽に、簡単に、疫学を学べる機会を持てるようにしたいな、と思い、自分ができることは何か、考えてみました。疫学の基礎を学べる「栄養疫学基礎講座」はすでに運営中ですが、講座へ手を出しにくい、と考えている方へ向けて、さらにほかにもできることはないかと考えて、noteで疫学の解説記事を連載してみることにしました。そして、こちらのマガジンに「やさしい疫学解説」シリーズとして、収載していきます。
ちなみにここで使っている「やさしい」は「易しい」という意味と「優しい」の意味の両方が含まれる内容にしたいと思ってつけています。どうぞしばらくの間、この連載にお付き合いください。
前回のnoteは、この「やさしい疫学解説」シリーズの「はじめに」の位置づけでした。今回のnoteから本編を始めていきたいと思います。今回は「疫学とはどういう学問なのか」という定義を改めて確認していきます。
●疫学とは?
すでに一度、疫学とは?という内容でのnote記事を書いていますが
疫学の定義を改めて確認してみたいと思います。
日本疫学会のウェブサイトに掲載されている定義を紹介しますね(文献1)。ここにはこのように書かれています。
疫学とは、「明確に規定された人間集団の中で出現する健康関連のいろいろな事象の頻度と分布およびそれらに影響を与える要因を明らかにして、健康関連の諸問題に対する有効な対策樹立に役立てるための科学」と定義される。
この内容を分解して、それぞれの箇所をもう少し深読みしていきましょう。分解するとこんな感じになります(図1)。

①明確に規定された人間集団
疫学であることの条件のひとつは「集団の人を調べている」ことです。細胞やマウスなどを調べたのではなく、人間を調べているということが、疫学であると言える重要な条件です。この「研究で調べているもの」のことを「対象」と言いますので、「人間を調べている」ということを専門的に言うと「対象が人である」ということになります。しかも、ひとりとか数人ではダメです。人には個人差がありすぎるので、少人数で得られた結果では、ほかの人に活用しにくくなってしまいます。ある程度の人数、たとえば数十人、数百人、数千人、もっと多い場合もありますが、そういった集団の人を対象にします。そして、その人たちがどのような人なのか、詳しく説明できるように調べておきます。これが「明確に規定」ということです。調べた人たちの年齢は?性別は?住んでいる地域は?人種は?職業は?…と様々な状態が「このような人です」というふうに説明できる状態にしておく(定義する)ことで、その集団で得られた結果が別の場面で使えるのかどうかを判断できるようになるからです。
②健康関連のいろいろな事象の頻度と分布(を明らかに)
人間集団の健康状態や、それに影響を与えるものの状態を調べてみると、それぞれの人の状況は異なります。たとえば健康状態に関しては、高血圧を発症しているか、いないかといった状況を、全体に占める割合(%)で説明することができます(これは頻度を調べていると言えます)。また、個人の血圧の値は、値が90未満、90以上100未満、100以上110 mmHg未満…のそれぞれの人数で説明することができます(これは分布を調べていると言えます)。一方で、高血圧という健康状態に影響を与えていると考えられる、食塩の摂取量も、基準値を守れている人・守れていない人などの頻度や、実際の摂取量の分布などで説明できます。このように、集団を調べた場合は、一人一人の状況が異なるので、その一人一人の結果を集めて、集団全体ではどのような傾向があるか、頻度や分布から調べることになります。
③影響を与える要因(を明らかに)
集団の健康状態や、その健康状態に影響を与えると考えられる様々な因子の状態が(頻度や分布を調べることで)明らかになってくると、その健康状態がどのようにして引き起こされるのかという因果関係があるかを調べることができるようになります。そのときには、統計学などの専門的な方法を使うと便利なので、多くの場合、データ解析により、統計処理を行います。そして、因果関係があるか、ないかを示すことができるようになります。
④有効な対策樹立に役立てる
得られた結果で、もし高血圧は食塩摂取量が高いことが原因であるということがわかれば、食塩摂取量を減らすことで、高血圧の患者を減らすことができるはずです。そういった、得られた結果を実社会に活用して、現状の健康問題を解決するための対策をとるという目的のために実施されるのが疫学である、と言えます。研究者本人がただ「興味があるから」「知りたいから」実施する、ということは許されないわけです。これが、自分の興味に従って進める純粋な理論科学とは大きく異なる点です。
以上の定義をまとめると、疫学とは
・対象が集団の人であること
・有効な対策樹立に役立てること
が重要な条件であると言えるのではないかと思います。
●疫学の実施目的
定義の④で、疫学の実施目的に「現状の健康問題を解決するための対策をとるという目的がある」ことを述べました。疫学の教科書にも、疫学の目的には「公衆衛生学の目的と同じく、①疾病の予防、②寿命の延長、③生活の質(QOL)の向上」がある、と書かれています(文献2)。こういった目的があって、実施される、集団の人を調べた研究が疫学研究なんですね。
ちなみに、ここで出てくる「公衆衛生学(Public Health)」とは、社会の健康を扱うさらに広い学問領域になります。公衆衛生学の中には疫学のほかに、医療分野で得られるデータをどう解析するとよいのかを追求する生物統計学、医療費をどのくらいにするとよいのかなどを扱う医療経済学、医師・患者間のコミュニケーションをどのようにするとよいのかなどを扱う医療コミュニケーション学など、もっとたくさんの学問分野があります。疫学は、公衆衛生学のひとつです。図1ではその様子を、公衆衛生学という広い範囲の中に疫学が含まれるという位置関係を図で表しています。
●まとめ
疫学って、一般の人にとっては、聞いたことがない、馴染みがない、何をするのかよくわからない学問かもしれません。まずは今回、疫学の定義を確認しながら、疫学がどのような学問かを紹介しました。キーワードは「人間集団で起こるかどうかを調べていること」そして「有効な対策樹立に役立てるために実施していること」です。社会の健康づくりを支えているこの学問に、ぜひ興味を持っていただければと思います。
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【参考文献】
1. 日本疫学会. 疫学用語の基礎知識. https://jeaweb.jp/glossary/glossary001.html (2026年2月26日アクセス)
2. 中村好一. 基礎から学ぶ楽しい疫学 第2版. 医学書. 2006.
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