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実験研究はメカニズム、疫学研究は量(やさしい疫学解説2)

読んでいると自然に「疫学」に詳しくなり、その重要性や活用法が理解できるようになる「やさしい疫学解説」シリーズをお届けしています。全記事はこちらのマガジンで確認できます。

前回は、「疫学とはどういう学問なのか」という定義を確認しました。

疫学は、「人間集団で起こるかどうかを調べていること」そして「健康関連の課題に対して有効な対策樹立に役立てるために実施していること」という大きな2つの特徴を持つ学問でした。

今回のnoteでは、疫学という学問の立ち位置や位置づけを確認してみます。



●2種類の研究

信頼できる食情報・健康情報であるためには、疫学研究の論文の結果を根拠にしていることが重要、という話は、以前のnote記事で紹介しましたね。

同じような「研究論文の結果」であるとしても、人を対象にしていない研究、つまり細胞や動物を対象にしている実験研究の論文結果は、食情報・健康情報の信頼度の根拠に直接的に使うことはできないんです。

このように、研究には、実験研究疫学研究という2種類の研究が存在していて、それぞれ異なる特徴を持っている、と知っておくと、疫学の立ち位置や位置づけが理解しやすくなります(文献1)。

それでは、それぞれの種類の研究がどういうものなのか、確認してみましょう。実験研究と疫学研究を対比しながら、解説してきます。

●研究の順序

2つの研究のうちのひとつは、実験研究です。対象が細胞や動物などであり、人ではありません。一方で、もうひとつの研究は、疫学研究です。前回のnoteで定義を確認したとおり、対象が人であり、健康関連の有効な対策樹立に直接役立てるために実施します。

研究の順序としては、図1のように、実験研究が先に実施されて、その結果を受けて疫学研究が実施される、というのが基本の流れです。

図1. 実験研究と疫学研究の実施の順序

実際に、それぞれの研究でどのようなことを実施するのか、もう少し具体的に見ていきましょう。

●実験研究の実際

実験研究では、たとえば、培養しているがん細胞に直接栄養素を添加して、それががん細胞の増殖を抑制するか、といったことを観察します。栄養素添加の前後でがん細胞の数を数えれば、その栄養素ががん細胞の増殖速度に影響を与えているか、調べることができます。そして、その栄養素ががん細胞の増殖を抑えることがわかれば、細胞のどの部分に栄養素が結合してその効果が発揮されたのかなどを調べ、「なぜそのような効果が現れるのか」を証明するような次の研究内容に、どんどん進めていきます。

細胞の数を数えるとか、栄養素と結合している細胞の部位を調べるとか、ミクロな世界を扱うことが多いです。そのために、研究室にあるのは、シャーレ、顕微鏡、無菌室、試薬や培地などです。いわゆるみなさんが「研究室」と言われたときに想像する研究室と、実際の研究室に大差はないと思います。

私も、農学部時代には、こんな一般的な実験研究の研究室で、研究をしていましたよ。

●実験研究でわかること

実験研究では、こんなふうに、がん細胞に効果があるかもしれない、多くの栄養素の候補を挙げることができるようになります。実験研究は結果も比較的早く出るので、一度は失敗したかなと思っていても、何度も実験を繰り返すことで効果が認められる回がたまに出てくるかもしれませんし、同じ方法で別の栄養素の影響を一度にたくさん試すこともでき、その中のいくつかで結果が得られる、ということもあります。

実験研究で明らかになるのは、今後人に応用できるかもしれない、という可能性です。まだ人で効果があったわけではありません。そして、メカニズムを解明することによって「なぜこの現象が起きるのか」を説明しやすくなる役割があります。

まとめると、実験研究は人への応用の可能性が考えられる現象を探し出し、「なぜ?」に答え「メカニズムの基本を解く」ことが目的です。図1にあるように、日常への活用に直接使えるわけではないのですね。

●疫学研究の実際

一方疫学研究では、日常的に生活している人を対象にします。たくさんの人にお願いして、食べているものと健康状態を調べてデータにして、そのデータを分析するのです。たとえば、ある栄養素をたくさん摂取している集団は、より少なく摂取している集団に比べて、ある種のがんの発症者が少ないかといったことが分析できます。

そういった研究をするので、一度調査を行ってデータ収集を終えたら、その後に実施するのはパソコンを使ったデータ分析、集計解析などです。研究室にあるのは、データを保存しているパソコン、調査で対象者に回答してもらった回答済みの質問票、資料などで、一般的に想像する「研究室」とは様子がずいぶん違うかもしれません。

私が疫学の研究者になったときの職場は、まさに資料室、オフィス、という感じでした。

●疫学研究でわかること

こうして疫学研究を実施することで、実際に生活している人で、実験研究から想像できたようなある栄養素とがんの影響を検討することができるようになります。実験研究の結果から期待されるような現象が本当に日常で起こっているか、そしてどのくらい食べている人でその効果が現れるのかを、データ分析によって明らかにすることができるのです。

ここまできてようやく、これまでの実験研究の結果だけでは想像にすぎなかった「生きている人で本当にこのような現象が起こるのか」がわかるようになります。さらに、その現象が起こるようになるには、実際の人ではどのくらい食べなければならないのか、といった「摂取量」も見えてくるのです。ここまでわかってきて初めて、日常生活への活用も可能になってきます。

まとめると、疫学研究は人への活用が実際に可能かを確認し、それがどのくらいの摂取量で起こるのかの答えを得て「量決める」ことが目的です。図1では疫学研究から日常への活用に直接矢印が示されていることがわかります。

●社会での活用に疫学研究は必須

こうして、実験研究、次に疫学研究といった順序で研究を進めていくことで、実際に社会活用できるエビデンスにもとづいた食情報・健康情報が作られることになります。この2種類の研究は目的と明らかにできることが異なるわけですから、車の両輪のように、どちらも必要ですし、どちらも場面に応じて使い分ける必要があります。

けれども、「『細胞実験の結果から』または『マウスによる研究結果から』このような栄養素に健康効果が認められました。」という健康情報を見ることは、比較的多いように思います。あまりに自然に書かれているので、そのような実験研究の結果を使ってもよいかのような錯覚を与えてしまっているような気もします。けれども、これは、図1で示している「困った流れ」になります。実験研究の結果は、まだ日常への応用に向けては可能性の段階です。直接日常へ活用することはできません。日常への応用には、疫学研究の結果が必須なのです。

●まとめ

疫学研究というものを、実験研究と対比しながら、その目的と明らかにできることが何か、確認しました。日常生活で活用できる健康情報を作るためには、疫学研究が必須です。一方で、実験研究はまだそれ単独ですぐに日常生活へ応用する段階にはありません。可能性として考えられる程度のものなのです。この状況から、疫学というものが、日常で活用できる様々な健康情報の根拠として、とても重要な位置にあることを理解していただけたかなと思います。

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【参考文献】
1. 佐々木敏. わかりやすいEBNと栄養疫学. 同文書院. 2005.


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