死後の旅程(10)〜地球に近い階層からの生まれ変わり
第一章〜前置き
前章〜ITCが伝える生まれ変わり
次章〜転生でなぜ記憶を消されるのか
生まれ変わりの村
森田健さんという、不思議なことなら何でも研究する人がいます。彼はある時中国で、不思議な能力を持った人を求む、みたいな新聞広告を出しました。その結果さまざまな能力者が集まり、その中にゆで卵を生卵に変える能力者がいて、それがどのような原理なのかと調べている頃、一度お会いしたことがあります。
その彼が、中国の奥地で生まれ変わる前の記憶を持った人がたくさんいる村があるというのを知りました。しかも皆、近隣から生まれ変わったと言います。一番遠い場所に生まれ変わった人でも300km程度しか離れていなく、隣の家に生まれ変わった人もいます。森田氏は12年にわたってその村を調査して、その記録を4冊の本と映画にしています。

一冊一時間くらいで読めてしまいます
かなり昔に彼がこれを調べているのを聞いたとき、実を言うと、そんな特殊ケースを深掘りしても?、みたいに思って、ずっとその内容を知ろうとしていませんでした。しかし最近四冊を全て読んでみたところ、これはこれで、非常に参考になるものでした。
まずは彼が集めた84件の事例の全体像を紹介していきましょう。
22%があの世に行かずに生まれ変わった
死後の世界に行ったと言う感覚を、すべての人が持っているわけではありません。本には22%の人があの世に行かずに生まれ変わっていると載っていました。極端な場合、眠っているうちに死んで、目を覚ましたら子どもになっていたと言います(事例28 ②-p42)。
幽霊としてこの世の近くを彷徨い、アストラル界には行かずに生まれ変わった人もいます。例えば事例74 ③-p129の人は入院していて、ある日身体が楽になって治ったと思いベッドから起き上がり廊下に出ました。実はこの時点で亡くなっていたようです、そして複体のまま、同じ病院の産婦人科で帝王切開をしている人を見に行ったら、突然赤ちゃんになっていたのです。
一方であの世の記憶を持つ人が78%いるわけですが、あの世の様子は人によってかなり違います。多くの人に共通して見られるのは下記です。
薄暗い
太陽がない
昼と夜のような区分けはある
中国語が通じる
お金でものを購入する
ちなみにアストラル界中層のマルドゥクには3つの太陽があり、基本的にいつも昼です。これらの人たちが体験したあの世は、少なくともマルドゥクではないようです。
上記のような共通項はあるものの、食事・トイレ・睡眠はそれぞれ必要だったり必要でなかったりとバラバラです。これらが皆必要なあの世の場合、そこに行った人は自分が死んだと気づいていなかったりします。
事例24 ②-p21の人は、1966年から10年間続いた文化大革命で、銃から逃げて橋から落ちました。彼はそこで即死したのでしょうが、それに気づかずに起き上がり、そのままさらに逃げ続けたのです。そのあとは10年ほどお寺のお供えを食べ、川の水を飲んで生活していたと言います。ある日、おいしそうなものをもったおばあさんが通りかかり、それについていったらいつの間にか赤ん坊になっていました。この人はその際にやっと、今まで死んでいたのだとわかったと述べています。
生まれ変わりに導くもの
彼らの体験には、マルドゥクのように、生まれ変わりを自分で決めて設計して、というのはありません。しかし前述のおばあさんのように、まるで生まれ変わりを導いたような人物がいる場合が何件か見られます。
事例2 ①-p33の人は、何かに縛られて引っ張られ、そこから解放されたと思ったら生まれ変わっていたそうです。事例10 ①-p98の人は、煙突のある家の中に入ると、何かに引っ張られた感覚があり、突然赤ちゃんになりました。事例56 ③-p19の人は、何人かに引っ張られて穴のようなところに投げ落とされて、その後の記憶がないと言います。この人は三歳で前世やあの世でのことを思い出しました。
さて、これらの事例の人たちを引っ張って、生まれ変わりに導いたのはどんな存在なのでしょう。新しい家族に導かれて生まれ変わった例もあります。
事例61 ③-p52の人は、あの世に怖い人がいて、その人に名前を呼ばれてある道に行くように命じられました。その道に行くと、以前に住んでいた家に行きつき、彼女は庭のナツメの木に登って一週間くらいそこで休んでいました。そこに馬車が通りかかり、それについて行ったら生まれ変わったと言います。しかもその馬車を運転していたのは今生の父親でした。
新しい母親に導かれたような例もあります。事例82 ③-p190はあの世で籠に乗っていたら、後から妊婦が一人乗ってきました。そしてある家に着き、妊婦はそこに入っていったのですが、この人は中に入れません。それで窓から中の妊婦を見ていたら、いつの間にかその妊婦の赤ん坊になっていたと言います。
こうした事例は、新しい父親や母親の、「高次の自分」とでもいうべき存在が動いて起きるのでしょうか。事例61において、あの世でこの道を行くようにと言った存在は何なのでしょう。他にもあの世で、こちらははっきりと、生まれ変わりを指示する存在がいたことを証言している人がいます。
「生まれ変わりの村④」のp65から、あの世での生活を詳しく述べているインタビューがあります。それまでの84人の事例の誰かを深掘りしたのか、新たな事例なのかはわかりません。その人はあの世でトウモロコシなどの作物を作っていました。彼女は一緒に働いていた人たちが生まれ変わりを告げられて、一人一人いなくなっていく中で、自分の順番が来るのを待っていたと言います。その人は、目の前に現れた男の人について行ったら妊婦がいて、窓からその妊婦を見ていたら吸い込まれ、気がつくと手が小さくなっていました。その男の人は今生の父親です。
こうした、生まれ変わりに導く存在たちは、結局のところ、生まれ変わる本人よりは高次の存在なのだと考えられます。つまりこういうことではないでしょうか。
マルドゥクのような、それなりに上の階層では皆、悠々自適に、とても長い間暮らしている。だから生まれ変わろうという意思も出てくるし、高次存在たちと話し合う気にもなる。
一方生まれ変わりの村のような、比較的下の階層に行く場合には、あの世自体が住みにくかったり、自分が死んだことすら認識できていなかったりします。他の事例で、あの世で殴られたり(事例41 ②-p114、事例54 ②-p184など)、その世界を地獄と表現した人もいます(事例11 ①-p101、事例13 ①-p112)。また前世が牛で、今生で人間になったばかりという事例もあります(事例23 ①-p183)。またほとんどの人が1年以内に生まれ変わっています。
明らかに住みにくそうな階層から急いで生まれ変わるにあたって、高次存在たちは彼らを、話し合えるほど成長した魂とは見なしていなくて、
「お前、ちょっと生まれ変わって来い」
と雑に導くのではないでしょうか。
なお、例外的に生まれ変わりを自分で選んだと言える事例があるので書いておきます。事例58 ③-p31の人は、あの世には普通の道と生まれ変わるための道があり、生まれ変わる道には案内人がいて、そこを歩いてきたと証言しています。
ところで今更ながら、彼らはなぜ前世とあの世の記憶をしっかりと持っているのでしょうか。その原因と考えられる事柄が、実は彼らの証言の中に含まれています。
スープの伝説
このような特殊事例ではなく、一般的な前世記憶に関しては、ヴァージニア大学知覚研究所がかなり前から本格的に調べています。この研究所に属する大門正幸氏が書いた「生まれ変わりを科学する」という本があります。

いつの間にかとても有名になっていました
この本によると、ヴァージニア大学の研究では、非業の死を遂げた人ほど前世記憶を持っている可能性が高いと出ています。生まれ変わりの村③のp61に、死亡理由のグラフが載っていますが、事故死が57%もあります。次に病死30%が続きます。しかしこれを先進国の病死と同様に考えてはダメです。この村では医者を呼ぶのがかなり難しいので、普通なら死なない病気でもすぐ死んでしまうのです。他にも自殺、他殺といった死亡理由があり、老衰で亡くなった人は3%しかいません。
この村はとても奥地の標高2000mのところにあり、人が簡単に死んでしまう過酷な環境にあります。それだけに非業の死を遂げる人が多く、記憶も残りやすいのでしょうか。
しかしそれよりももっと大きな理由らしきものがあります。中国全土に広がっているある伝説があります。
奈何橋(なかはし)と呼ばれるあの世の橋があり、その近くで孟婆(もうば)というおばあさんが、死者が来世に転生する前に「忘れ薬(孟婆湯)」を飲ませる。
7世紀頃から文献や仏教説話の中に、奈何橋や転生前の儀式が登場し始めているようです。現在、この伝説は下記の地域に広まっています。
中国本土全域:特に南方(福建・広東・湖南など)では道教や民間信仰を通じて強く残存。
台湾・香港:死後儀式や葬礼文化の中で今でも重要な役割。
東南アジアの華人社会:地獄巡りの信仰や孟婆湯の儀式を行う地域もある。
日本・韓国など:文学やメディアを通じて概念は知られているが、民間信仰としては根付いていない。
実は生まれ変わりの証言の中には、あの世で皆スープを飲んでいたが、自分は飲まなかったというのが多数あるのです。秘境と言える地域であるため、迷信を否定する世間の風潮が届かずに、この伝説が集団的な意識に強く残っていた可能性があります。例えば事例5 ①-p56の人はあの世で、橋のたもとでスープを配っているおばあさんを見ました。そこには人だけでなく、牛やロバの行列もできていたのですが、この人はスープを出されたとき「これがあの伝説のスープだ」と思い、逃げ出したら生まれ変わっていたとのことです。
大門氏の本には、ベトナムでもスープを差し出されて飲まなかったという事例が2件あることが書かれています。また④の第三章に、森田氏の元に日本の読者から寄せられた、スープを出されたけれど飲まないで転生してきたという話が載っています。
忘却のスープという概念は中国を中心に、アジア圏のある程度の人たちの深層意識に染み付いていて、それが元になった死後の世界があるのでしょう。そして生まれ変わりの村の人たちは、スープを飲まなかったために記憶が消えなかった。このような仮説が成り立つと考えたのですが、中国で生まれ変わりの記憶を持った人が異常に多いのは、実はこの村だけではありませんでした。
湖南省に坪陽郷という地区があり、そこには前世記憶を持った人がたくさんいて、彼らは現地の人に「再生人」と呼ばれています。森田氏の生まれ変わりの村は、正確な場所は伏せられていますが、標高2000mと書いてあるので、坪陽郷ではないと言えます。

生まれ変わりの村の最有力候補は
雲南省の農村部らしい
李常珍(Li Changzhen)の研究によって、坪陽郷において1962年から2002年までの間に110人以上の「再生人」が記録されています。彼らは2~3歳頃から前世の記憶を語り始め、前世の名前、家族、死因、さらには死後の体験を詳細に語るケースが報告されています。
この研究では残念ながら忘却のスープは出てきません。ただ、あの世を「暗い場所」とするのは、生まれ変わりの村と共通しています。また両者に、前世は動物だったという事例があります。これらを踏まえた上で、私は中国で新しい世界に備えるための動きが始まっているのではないか、と感じました。その新しい世界が何かは、生まれ変わりにもっと踏み込んだ上で書きます。
興味深い事例
今回の話の最後に、いくつか興味深い事例を紹介しておきましょう。
事例6 ①-p62
おそらくアストラル界中層に行った人で、籠またはカプセルのようなものがあったと証言しています。年とって亡くなった場合、元気な人以外はそこに100日から3年くらい入って、元気を取り戻すとのことです。アストラル体を、アストラル界に慣らすために使われるのだと思われます。
事例38 ②-p100
亡くなったのは25歳ですが「ずっとカプセルみたいなものの中に入って寝ていたような気がします」と証言しています。
事例39 ②-p106
あの世は太陽がないけれど明るく、暗くなる時もある。他の事例に共通する薄暗い世界とは異なるようで、この階層では夜になるとこの世が見えたとのことです。
事例78 ③-p159
この人が行った階層にはいろいろな国の人がいて、いつの間にか書けるようになる共通文字で交流していました。普通の人とは話していたとありますが、話すのが中国語なのか共通語なのかは、インタビュー内容からではわかりません。マルドゥクの「河の言葉」を彷彿とさせます。
④-p38
この人は死んでから三日間、望郷台からこの世を見られたと言っています。この世は映画のスクリーンのように見えていて、見たいと思っている人が勝手に映るのですが、知らない人も出てくるそうです。それと、あの世では昼間あった道が、夜には消えるのが不思議だったと述べています。
やはりあの世は千差万別ですね。次回は、そもそもなぜ記憶が消されるのがデフォルトなのか、という疑問に向かい合います。
