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死後の旅程(6)〜幽霊の考察

第一章〜前置き
前章〜死後の混乱
次章〜アストラル界の概要


抜け殻の幽霊

幽霊は世界中の至る所に現れていますが、大半は自我がないように見えます。一般的な特徴としては

  1. 定位置・定時に現れる

  2. 知覚されるが交流はしない

  3. 自我を感じさせない

幽霊は複数の人によって目撃されることもあります。

SPRが調査したある事例では、イギリスのラムズベリーにある家に住む9人が、10か月前に亡くなった男性の幽霊を見ました。彼らは2月から4月にかけて、別々に、あるいはグループで何度もその姿を目撃しました。彼は常に、亡くなった未亡人のベッドサイドに座っており、彼女の額に手を置いている姿で現れ、一度に最長30分間見えていました。

Holzer, H. (1965). Ghosts I’ve Met. New York: Bobbs Merril Co.

さらに写真まで撮られたケースもあります。

1936年『Country Life』誌の写真家が撮影

この幽霊は「ブラウン・レディ」と呼ばれ、18世紀にレイナム・ホールに住んでいたドロシー・ウォルポールだとされています。こんなほぼ輪郭だけの写真でなぜそれがわかるのかというと、写真が撮られる前から、複数の住人や訪問者が彼女の姿を目撃していたからです。この写真撮影時には、写真家のキャプテン・プロバンドと助手が同時にその姿を確認したと言います。

さて、このタイプの幽霊が何かというと、複体が、成仏した人の心残りや、残された人たちの思いで動き出したものだと言えます。ブラウン・レディは夫に不倫を疑われ、屋敷に幽閉されて亡くなったそうです。亡くなった後は、いつまでも辛い状態でいたくないから、魂はアストラル体と共にさっさと成仏し、そこで心を癒していたことでしょう。しかしずっと幽閉されていた事実は心残りとして複体を動かし、その事情を知って彼女を悼む人たちの心もそこに力を与え、複体がいつまでも動き続けていたのではないでしょうか。

霊能者たちも、大半の幽霊はこのタイプだと言っています。皆さんも成仏したら変な心残りのないように気をつけてください。また、見送る人たちも、どちらかというと新しい世界に送り出す気持ちでいてほしいものです。

最後の伝言

死んでしまったとは言え、最後にこれだけは伝えておきたい、それを伝えずに成仏するのは心残りでしょうがない、ということはよくあるでしょう。その場合、夢の中で伝えたり、もしくは入眠時にコンタクトすることができるかもしれません。

サリー・ライン・フェザーの著書『The Gift』には、故人から重要な情報を受け取った例が載っています。プリシラは亡くなる直前、自分の夫には子どもを育てさせたくないという願いを周囲に伝えていました。プリシラの死後まもなくして、彼女の義理の妹が、亡くなった彼女を見ました。

ある夜、私は柔らかく優しい声に名前を呼ばれて目を覚ましました。目を開けると、プリシラがベッドの足元に立っていました。見えたのは彼女の顔と、彼女が埋葬されたときに着ていたピンク色の長いガウンだけです。彼女は空中に浮かんでいて、とても心配そうな顔をしています。
彼女は私にこう言いました。『私が住んでいた家に行って、ベッドの下にあるトランクを見て。その中の手紙を取り出して』と。そしてそう言うと、彼女は消えてしまいました」

翌朝、義妹は夫にこの出来事を話し、ふたりで家に行ってトランクを探したところ、本当にその中に手紙があったのです。この手紙の存在は、プリシラだけが知っていたものでした。そして、その手紙には親権争いの裁判において決定的な証拠となる内容が書かれており、そのおかげで彼女たちは子どもたちの親権を勝ち取ることができたのです。

もうひとつ裁判と絡む、Chaffin Will Caseと呼ばれる有名な事例を紹介しましょう。こちらは完全に夢の中でコンタクトを受けた例です。

1921年9月7日、ジェイムズ・L・チャフィンが死亡したとき、1905年に作成された遺言状が開封されました。そこには、自分の農場は三男のマーシャルに譲ると書かれ、妻と他の3人の息子には何も残されていませんでした。ところが、それから4年後の1925年6月、次男のジェイムズ・ピンクニー・チャフィンが父親の鮮明な夢を繰り返し見るようになったのです。

はじめは枕元に立つだけで何も話さなかったのが、ある時の夢では、自分の着ているオーバーコートを裏返し、そこを見るようにと言って消えました。次男は彼が生前に愛用していたオーバーコートをなんとか探し出し、その縫いとじられたポケットをほどいたところ、明らかに小さくたたんだ紙片が現われ、そこには

「父の形見の聖書の創世記第27章を読むべし」

と書いてありました。次男は母の家でそのボロボロの聖書を見つけて調べてみると、創世紀第27章の部分の両ページが内側に折り込まれ、開いたところ、そこに1919年にあらためて書かれた遺書が入っていたのです。それによると、遺産はすべて4人の息子に均等に配分され、彼らに母の面倒を見るよう指示されていました。

1925年12月、この遺産相続に関する裁判で、後で見つかった遺書は確かにジェイムズ・L・チャフィンの筆跡とされ、遺産は4人の息子に均等に配分されました。

生者とのコンタクト

このように、言い残したことを遺族に伝えることができた例はそれなりにあるのですが、この手のコンタクトは残念ながら、それを受ける人に霊的感受性がないと成り立りません。

生者と死者の交流は、そこに深い縁があれば基本的に成り立つはずです。この状態は、二人の間が太いパイプで繋がっているようなものです。通常は届かない声もそのパイプを通せば届くようなイメージです。とは言え、パイプがあってもそれに蓋をしてしまうような人が存在します。どんなに故人を想っていても、死者との交流なんて不可能だと言う思いが心底染み付いている場合には、故人が夢に出てきても、起きるとすぐに忘れ去ったりするのです。そんな時は、縁がほとんどもしくは全然無くても、霊的に敏感な人の方が話が通じやすいと言えます。

まずは、伝えたい本人に限らず、その周りにいる少しでも霊的に敏感な人を探して、その人にコンタクトを試みましょう。誰かが霊的に敏感かどうかは、その人がどれだけ光って見えるかである程度判別ができるはずです。あるいは、霊的に整っている場所を感覚で探して、伝えたい相手がそこに行くように何とか誘導するとか。

でも、いろいろ試みたけれど、ちょっとした怪現象を起こせるくらいで、相手に真意を伝えるなんてとてもできない、ということが多々あるでしょう。実際のところ、霊になって多少サイキック能力が上がったとしても、コントロールできない力が感情に応じて働くくらいが関の山。無意識にブロックしている相手にメッセージを伝えるのは、簡単なことではありません。

その場合は霊能者を探しましょうか。前回紹介した「死者の告白」の高村英さんの例は、正にこれです。彼女は職業霊能者ではありませんが、自分でも浄霊していた経験があるので、もはや霊能者と言って良いと思います。その彼女の何かが東日本大震災で花開き、亡くなった霊たちから見るとかなり光って見えたため、どんどん新しい霊が頼ってきたのでしょう。

一方、職業霊能者の場合は高村さんと違って、日頃は霊を感じる回路を切っているし、守りも固いので、生半可な気持ちでは近寄れないかもしれません。それでも、最後の頼みの綱と考えてコンタクトしてみるのはありだと思います。

一方、直接霊能者に頼らずに、その手の人に相談したくなる状況を作り出す手も考えられます。例えばハイズヴィル事件のラップ音のように、伝えたい相手の周辺で、何か異常なことが起きているのを認識させるのです。

アルジェリアの14歳のお手伝いの少女が経験したポルターガイスト
エクトプラズムが豊富な人がいると
霊は物理現象を起こしやすくなります

もしそれでも無理なら、人がいないけれど光っているところに向かって進み、成仏するしかありません。しかしそんな状態で成仏しても、心残りが勝手に複体を動かし始めるのは必死。さらに言うと、今更なのですが、複体にアストラル体が入ったままで過ごす時間はかなり短く、ほとんどの人は死んで気がついたらもうアストラル界にいたというのが普通みたいです。つまり、心残りを晴らすための時間など基本的にないのです。ではどうすれば?

心残りを持ったまま成仏しても、ITC研究をしている霊と出会えれば、まだ物理世界とコンタクトできる可能性があります。それに、心残りが人に伝えて済むようなものでなかったとしても、それらをアストラル界で十分満たせる可能性もあります。例えば、どうしても音楽の道を進むたかったけれど、全て諦めて会社員になった、などというときは、アストラル界で飽きるまで音楽をやれば良いのです!

その他の心残りをなくす方法といえば、そもそも精一杯生きて、最初からそのような思いを持たないことでしょうか。ただここで、生きている時から注意して欲しいことがあります。

生き霊

心残りで動き出す複体というのは、生き霊のようなものです。最も強い生き霊といえばドッペルゲンガーですね。例えば、ロバート・デール・オーウェンという人の、1860年に出版された「Footfalls on the boundary of another world(他界との境界に響く足音)」に、彼自身が取材した話としてエミリー・サジェの事例が載っています。それを少し紹介しましょう。

この本はいまだに再販されてKindle版も出ています
邦訳されませんかね

 1845年、フランス人教師エミリー・サジェがラトビア・リヴォニアの名門寄宿学校に赴任しました。このとき13歳の生徒だったジュリー・グルデンスタブが後に体験者としてオーウェンに証言を提供し、出版を許可しました。
 エミリーは穏やかで有能な教師でしたが、赴任から数週間後、不可解な現象が始まります。生徒たちは「さっき駅で会ったのに、教室にもいた」と言い合うなど、彼女が同時に複数の場所に現れるように感じる目撃例が増加。授業中に“分身”が現れ、本物と同じ動きをしながらチョークを持たずに黒板の前に立っていたことも報告されています。
 特に衝撃的だったのは、42人の生徒全員が、教室に現れた分身と、庭にいる本物のエミリーを同時に目撃した事件です。教室には大きな窓があり、生徒たちの目には、エミリー・サジェが庭園に来て花を集めている姿が、自然に入っていました。教室には別の先生がいて生徒たちを監督していたのですが、その先生が席を外して出て行くと間もなく、エミリーが入ってきて教師の席に座ったのです。
 生徒たちはすぐ庭園の方を見ました。そこには相変わらずエミリーがいます。ただ、その動作はゆっくりで、疲れ果てているように見えます。このような事態に慣れてきていた生徒たちには、庭園にいる方が本物で、黙って椅子に座っているのがドッペルゲンガーだろうことが分かっていました。勇敢な生徒が分身に触れたところ、上質のモスリン(ふわふわした薄地の織物)かクレープ生地に触るような感覚で、そうしているうちに分身の身体はだんだんと消えて行きました。
 生徒の何人かが後でエミリーに、その時間に何か変わった感覚がなかったかどうかを聞いたところ、彼女は教師席に誰も居ないのを見て「席を外さないでよ。この子たちはすぐにさぼっていたずらを始めるんだから」と思ったと述べています。
 ドッペルゲンガーは近隣の人や学校の使用人たちも含む、どんな世代の人にも、男女の区別なく目撃されました。この話がやがて生徒たちの両親の耳に入ると、休日を家に過ごし、そのまま寮に帰ってこない生徒が出て来ました。親たちは自分の娘を、このような異常な教師のいる学校に居させたくなかったわけです。
 学校側は、本人の制御できない不運な現象のために、エミリー・サジェをクビにするわけには行かないと我慢していました。しかし、生徒数が42人から12人にまで減少したとき、やむなく彼女を解雇することにしたのです。
 解雇の際、彼女は16歳で教職に就いて以来、すでに18回も同じ理由で職を辞していたと語りました。その後、ジュリーが訪ねた義妹の家でも、子どもたちが「エミリーおばさんは二人いる」と語っていたといいます。最終的にエミリーはロシアに向かい、その後の消息は不明です。

これほどの生き霊を出す人はそうそういませんが、誰でも見えない生き霊を、全くそれと知らずに出しているものです。例えば何かの講義中にふと「こんなの聞かないで遊んでいればよかった」と考えている時、もし家族に見える人がいたら、家でゲームをしているあなたの姿が目撃される可能性があるのです。

可哀想なエミリーと同様に、普通の人は生き霊の出現をコントロールできません。そしてこの能力が死後、パワーアップして続くと思ってください。つまり、本人は心置きなく成仏したつもりでも、心の奥底にある心残りが複体を動かしているかもしれないということです。こういうものをうろつかせて生者を惑わせないように、できたら生きている時から、人は生き霊を出す存在だということを踏まえて、瞑想を習慣にして、顕在意識と無意識を少しでも近づけて行って欲しいのです。それによって生き霊の発生を抑制できるし、死後も複体を無闇に動かす可能性が減ってきます。

これを読んでくれた皆さんはぜひ、成仏してからもこの世の人間に迷惑をかける存在にならないように心がけてください。

ちなみに、精神が混乱して彷徨ってしまっている場合には、今まで書いてきたことが役に立ちません。実際のところ、まだ中身の詰まっている複体の幽霊の多くは、正常な判断を下せない状況なのです。そしてむやみに行動を起こし、精神障害を生み出します。ウィックランド氏のように、この状態を救おうとする精神科医がこれから少しでも増えて行ってほしいところです。

そう言った霊たちが助かるとしたら、たまたま出会った、霊的に敏感な人に助けてもらうしかないかもしれません。せっかくなので、その手の彷徨う霊が偶然出会った相手と恋仲になり、やがて助かった話のリンクを紹介します。ちょっとボリュームがありますが、興味のある方には非常に響くストーリーだと思います。
異世界こぼれ話 その三十八「閑話休題:幽霊と相思相愛になった男性の話」

さて、次回はいよいよ成仏した先の世界、アストラル界での生活を紹介して行きます。

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