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生きる意味がわからないあなたへ|フランクル『夜と霧』が教える、意味の見つけ方


「これ、何のためにやってるんだろう」

朝、目覚まし時計に起こされて、満員電車に揺られ、パソコンの前に座る。
目の前の仕事を片づけて、
また明日も同じことをくり返す。
ある日ふと、こんな声が心に浮かびます。
「この仕事、何のためにやってるんだろう」「私が生きている意味って、あるんだろうか」

はっきりした不幸があるわけではない。
むしろ、まわりから見れば
恵まれているのかもしれない。
それなのに、胸の真ん中に、すうっと風が通り抜けるような虚しさがある。
目標を達成しても、しばらくすればまた同じ空白がやってくる。

もしあなたが今、そんな「意味の空白」を感じているなら、今から紹介する一人の心理学者の思想が、少しだけ支えになるかもしれません。
その人の名前は、ヴィクトール・フランクル
極限の状況で「生きる意味」を問い直し、それを一冊の本に遺した人物です。

この記事では、彼の代表作『夜と霧』の考え方を手がかりに、「意味の見つけ方」を、できるだけやさしくたどっていきます。


フランクルと『夜と霧』—極限の中で見つめたもの

まず、人物について簡潔に。

ヴィクトール・フランクル(1905〜1997)は、オーストリア・ウィーンの精神科医です。
第二次世界大戦中、ユダヤ人であった彼は、ナチス・ドイツの強制収容所に送られました。
両親や妻を含む家族の多くをそこで失っています。これらは歴史的な事実として広く知られています。

想像を絶する日々の中で、フランクルは精神科医の目で、ある問いを見つめ続けました。
なぜ、ある人は絶望に飲み込まれ、ある人は最後まで人間らしさを失わずにいられたのか
生き延びる条件は、体の強さでも運だけでもなかった、と彼は書いています。
むしろ「この先に、自分を待っている何かがある」「果たすべき何かが残っている」、そうした未来の意味を持ち続けられた人が、過酷さに耐える力を保ちやすかった、という趣旨のことを述べています。

戦後、彼はその体験と考察を『夜と霧』という本にまとめました。
原題を直訳すると「それでも人生にイエスと言う」という意味合いを持つこの本は、世界中で読み継がれています。

(※この記事では本文の引用は避け、考え方の要約に留めます。実際の言葉の重みは、ぜひ本そのもので受け取ってみてください。)


「意味を問う向き」を、ぐるりと反転させる

フランクルの思想の核心は、彼が提唱したロゴセラピーという考え方にあります。
ロゴとはギリシャ語で「意味」を指す言葉で、ロゴセラピーは「意味を軸にした心の向き合い方
と言い換えられます。
フロイトが「快楽」を、アドラーが「力」を人間の大きな動機と見たのに対し、フランクルは「意味を求める心(意味への意志)」こそ人間を動かす、
と考えました。

そのうえで彼は、私たちの問い方そのものを、
ぐるりと反転させます。

ふつう私たちは、「人生は、私に何を与えてくれるのか」「この人生に、どんな意味があるのか」
と問います。
人生に向かって、答えを要求する。
ところがフランクルは、向きが逆だと言います。
問うているのは、人生のほうだ
人生が、そのときどきの状況を通して「あなたは今、どう生きますか」と私に問いかけていて、私はそれに、自分の行動で答えていく、これが彼の中心的な考え方です。

わかりにくいので、たとえてみます。
意味を、遠くに隠された宝物のように「探しに行くもの」だと思うと、見つからないかぎり永遠に
虚しいままです。
けれどフランクルの見方では、意味は
今この瞬間、目の前の状況が私に差し出している問いの中にすでにある。
だから、大きな使命が見つからなくても、「今、自分に求められていることは何か」に一つずつ答えていけば、その積み重ねが
そのまま意味になっていきます。

彼は、ニーチェの言葉を好んで引きました。
「なぜ生きるかを知っている者は、ほとんどどんな状態にも耐えられる」という趣旨の言葉です。
生きる理由(why)が一つでもあれば、つらい状況(how)を越えていける、と。


意味が宿る、3つの場所

では、その意味は、具体的にどこで見つかるのか。フランクルは、意味に出会う道を大きく3つに
整理しました。
専門的には「価値」と呼ばれます。

創造価値(そうぞうかち) 

何かを生み出したり、行動したりして、世界に差し出すものの中に宿る意味。
仕事、作品、誰かのための行い。
自分から世界へ、という方向です。

体験価値(たいけんかち) 

何かを味わったり、受け取ったりして、世界から受け取るものの中に宿る意味。
美しい風景、音楽、そして誰かを愛すること。
世界から自分へ、という方向です。

態度価値(たいどかち) 

どうやっても変えられない苦しみに直面したとき、それにどんな態度で向き合うかの中に宿る意味。
これがフランクルの思想で
もっとも独特な部分です。
状況そのものは変えられなくても、それに対する自分の「構え」だけは、最後まで自分で選べる、そこにも意味は残る、という考え方です。

ここで、大切な注意を一つ添えます。
フランクルは「苦しむべきだ」
とは言っていません。
避けられる苦しみなら、その原因を取り除くほうが意味にかなう、とはっきり述べています。
態度価値が問われるのは、
どうやっても避けられない苦しみに限られる
この区別を取り違えると、「つらくても我慢するのが立派だ」という誤読になってしまうので、気をつけたいところです。


現代心理学と、ゆるやかに重なるところ

面白いことに、フランクルの「意味を軸にする」発想は、その後の心理学ともつながっています。
ここでは詳しい理論には立ち入らず、似ているところを軽く触れるだけにとどめます。

近年のポジティブ心理学は、幸福を支える要素の一つとして「人生の意味・目的」を重視しています。快楽や成功だけでは満たされない部分を、意味が支える、という見方です。

また、ACT(アクセプタンス&コミットメント・セラピー)と呼ばれる心理療法では、自分が大切にする「価値」に沿って行動することを重んじます。
何が自分にとって意味あることかを見定め、その方向へ歩む、この構えはフランクルの意味への意志と、どこか響き合っています。

もちろん、フランクルの思想と現代の心理学がぴったり同じというわけではありません。
ただ、「人は意味を必要とする生きものだ」という洞察は、時代を越えてくり返し確かめられているようです。


「仕事の無意味感」に、フランクルはどう答えるか


ここからは、多くの人がいちばんつまずく場所、仕事の無意味感にしっかり引きつけて考えてみます。

現代では、「自分の仕事に何の意味があるのかわからない」と感じる人が増えています。
大きな組織の中の小さな歯車のようで、自分がいてもいなくても同じに思える。
誰の役に立っているのか実感できない。
そんな「仕事の虚しさ」は、まじめに働く人ほど、ふとした瞬間に襲ってきます。

フランクルの見方は、
ここで一つの角度を与えてくれます。
彼の考えでは、意味は仕事の"種類"に貼りついているのではありません
華やかな職業だから意味があって、地味な作業だから無意味、ということではない。
意味は、その仕事を通じて「自分が誰の何に差し出しているか」、つまり創造価値の中に宿ります。
だから問いは、「この仕事に意味はあるか」ではなく、「この仕事を通じて、私は今日、誰の何に答えているか」に変わります。

たとえば、伝票を淡々と処理する作業も、その先には、正しく給料を受け取る誰かがいます。
目立たない確認作業も、その先の誰かのミスや事故を防いでいるかもしれません。
意味を「大きな使命」だけに求めると見つかりませんが、「目の前の一つの行いが、どこかの誰かに届いている」という視点に立つと、無意味に見えた仕事の輪郭が、少し変わって見えてきます。

とはいえ、正直な話もしておきます。
どれだけ視点を変えても、成果が認められない時期、努力が報われない時期は、誰にでもあります。そういう「どうにもならない」局面で効いてくるのが、態度価値です。
状況そのものは今すぐ変えられなくても、それにどんな構えで向き合うかは、自分に残されている。
腐って投げやりになるのか、それとも自分の姿勢だけは保つのか、その選択の中にも、
意味は残っています。

もう一つ、SNSを開けば周りはみんな「意味のある仕事」をしているように見えて、自分だけが取り残された気持ちになることがあります。
けれどフランクルの考えでは、意味は他人と比べて測るものではありません。
人生が問いかけているのは、他の誰でもない、あなた固有の状況にあなたが答えることだからです。
比較の物差しを置いたとき、
自分だけの問いが見えてきます。


今日からできる、意味を見つける小さな習慣

フランクルの考え方は、頭で理解するより、日々の小さな問い直しの中で実感するのに向いています。気負わずできそうなものから、どうぞ。

  1. 問いの向きを変える ー「人生は私に何をくれるのか」と問いたくなったら、「今、私に求められていることは何だろう」と問い直してみてください。答えを要求する側から、答える側へ。向きを変えるだけで、動きが生まれます。

  2. 今日、誰の役に立ったかを一つ思い出すー 仕事でも家事でも、「この行いは、どこかの誰かに届いた」と言える小さな事実を、一日の終わりに一つ見つけてみる(創造価値)。

  3. 味わう時間を一つ持つー コーヒーの香り、空の色、好きな音楽、大切な人との会話。受け取る喜びの中にも意味は宿ります(体験価値)。

  4. 変えられない状況では「態度」を選ぶー どうにもならないことにぶつかったとき、「状況は変えられないけれど、どんな構えで向き合うかは選べる」と思い出してみる(態度価値)。

  5. 自分の「why」を一つ書いてみるー 「私は、なぜこれを続けるのか」。理由を一つ、言葉にしてみる。大きくなくて構いません。小さな why が一つあるだけでしんどい how を越える力になります。



おわりに—意味は、探すより気づくもの

フランクルの思想が教えてくれるのは、
意味とは、どこか遠くに隠された宝物ではない、ということです。
それは、今この瞬間、目の前の状況があなたに差し出している問いの中に、すでにあります。
だから、大きな使命が見つからなくても、焦らなくて大丈夫です。
今日の小さな一つに答えていく。
その積み重ねが、いつのまにか「あなたが生きた意味」になっていきます。

意味は、探し当てるものというより、気づくもの。今日はまず、「今、自分に求められていることは何だろう」とそっと問いの向きを変えてみてください。

なお、虚しさや生きづらさがとても強く、日々を過ごすのがつらいと感じるときは、この記事だけで抱え込まないでください。
専門家や信頼できる人に相談することは、弱さではなく、自分を大切にする選択です。
頼れる先があることも、どうか心のすみに置いておいてください。

哲学は一部の人たちの難しい学問ではありません。
迷ったとき、立ち止まったとき、自分らしく生きるための「考える道具」です。

このnoteでは、東洋思想・西洋思想・心理学をもとに、現代を生きる私たちの悩みを少し軽くするヒントをお届けします。
不安症の方やHSP、またはメンタルの調子が悪い方など読んでいただき、少しでも不安が解消されたのなら幸いです。

ぜひこの記事を保存しておいてください。
迷ったときの「あなたの地図」になりますように。

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