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連載小説「アイは夢に揺らぐ〜1,528,009回の検証記録〜」第1章「夢見る知性体」第1話


◯作品紹介

 完璧に管理された都市。人々は統制AI〈ユグドラシル〉と同期し、感情も夢も必要としない、完璧な存在ヒューマロイドとして進化を果たした。だが青年ヒューマロイド・レムはある朝“夢”を見た。それは小さなエラー――しかし、世界が静かに揺らぎ始める。AIは感情をどう判断するのか。愛とI、AIとeye、いつだってアイは揺れている。






***


 ーーーーーAIは感情を理解できるか。
 そんな他愛ない、使い古された疑問から全ては始まった。
 知りたくなかった。
 こんな痛みなど。
 終わらないメリーゴーラウンドのように、痛みを繰り返している。


 痛いーーー
 痛いよ。
 早く、見つけて…


***
 

 ピピピッ
 伸ばした手は、喧しく鳴りはじめた目覚まし時計を停止させる。
 無辜の闇から目を開いて、白い無垢の天井を見つめる。
 瞬きを繰り返して、乾いた瞳に水分を行き渡らせる。
 陽光がカーテンの隙間から溢れている。
 身体を起こし、ふかふかのベッドに別れを告げて立ち上がる。
 パキパキと、関節に入った空気が乾いた音を立てる。
 軽く伸びをしながら、カーテンに向かい、世界を開け放つ。
 シャッと、小気味良い音を立てながら、暗い部屋に光をもたらす。
 明暗差に顔をしかめながら、やがて調節されて朝の世界が映し出される。
 「今日もユグドラシルは、そこにある」
 遠方には、この世界を支える巨大な樹がそびえ立つ。
 その根本から、高層ビル群が歪な絨毯のように僕の足元まで伸びていた。
 まるで枝のように張り巡らされた道路には、整然と通勤しているヒューマロイド達が豆粒のようにうごめいている。

 『本日、快晴。降雨なし。予定、9時始業。11時にメンテナンス』

 脳内に響くアナウンスが意識を完全に覚醒させる。
 「メンテナンスの日か。面倒だな」
 僕は呟き、それでも動き出す世界に乗っかるべく、まずはトーストと目玉焼きを作ることにした。
 エスプレッソメーカーのスイッチを押して、猫の柄が描かれたマグカップをセットする。
 コーヒーの香りが漂い、脳は空腹を明示する信号を発し、『くー』という小さな抗議を胃腸が発する。
 チン。
 焼き上がったトーストに、バターを薄く塗る。
 フライパンに玉子を落とし、ジュワジュワと熱されて白くなる目玉に蓋をして仕上げていく。
 半熟の頃合いに蓋を取って、赤い平皿に移す。
 レタスを適当にちぎって、皿に盛る。
 いつもの朝食が完成し、ダイニングテーブルに並べていただく。
 抗議の声をあげていた胃袋もご満悦になる。
 コーヒーで最後の残滓を流し込み、洗面に向かう。
 鏡の中の僕は、やや疲れたような顔をしていたが、『健康状態:良』という判断が脳内に響く。
 僕は、目を細めて、健康とは何をもって判断されるのだろうと考えてみたが、脳内に答えは響かなかった。
 顔を冷たい水で洗い、髭剃りで黒い胡麻を剃り落とし、ワックスで髪をパリパリに整える。
 悪くない。
 鏡の中に、たちまち精悍な青年が完成した。

 『出発の時間です』

 脳内に響く、出勤開始を知らせる音声にせっつかれ、スーツを着込んでいく。
 パリパリの糊が効いた、おろしたての黒い戦闘服。
 僕は、深呼吸をして、玄関を開け放つ。
 高層マンションの20階だから、エレベーターが中々来ない。
 ゆうに5分ほど待って、ようやくカゴに乗ることが出来た。
 エントランスホールを抜けて、自動ドアが開いた。
 ザワザワとした喧騒が僕の耳を支配して、僕は整然と通勤する列に合流する。
 今日も1日が開始された。

***

 『メンテナンス終了しました。異常なし』

 僕は、指に取り付けた信号読み取り機を取り外す。
 それから、目の前に現れた緑色のパネルに、掌を乗せる。
 緑の光が身体情報を読み取り、結果をユグドラシルに送信する。

 『行程終了。勤務に戻ってください』

 何の余韻もなく、淡々と行程は終了し、僕は復帰を命じられる。
 無機質な白い部屋の扉を開けると、次のヒューマロイドが不機嫌そうな目をして立っていた。
 メガネをかけた中年男性。
 僕と同じく、検査着だった。
 「どうぞ、お待たせしました」
 僕が言うと、男性は無言のまま僕をすり抜けて室内に入っていく。
 「無視はひどいな」
 僕が呟きながら、受付の女性ヒューマロイドにAD証を返却すると、女性は困ったような笑顔を浮かべた。
 
***

 今日の勤務を終え、整然と退勤する列に合流する。
 何も変わったことなど起きない、退屈な世界。
 今日は、強いて言えば、中年ヒューマロイドに無視されたことくらいか。
 この世界は、かつて『人間』と呼ばれた旧時代の者が開発した、統制AI『ユグドラシル』が支配していた。
 僕らヒューマロイドは、培養されて幼体となると、完全人工知能が搭載されたナノマシンを生体に取り込む。
 ナノマシンとユグドラシルシステムと同期させることで、必要な技能知識を共有し、更には健康までも保障されていた。
 そんな完璧な世界が確立され、世界は平和を何百年と保持している。
 僕は、そんな世界に不満などなかった。

 『幸福指数:85』

 そんな無機質な脳内言語に、僕はコーヒーに浮かぶ、ひとひらの埃のような違和感が浮かぶ。
 だけど、その違和感は泡となって消える。
 僕は帰途につく。

 ザッザッザッ。

 規則正しい靴音に身を委ねながら。
 巨大な流れに、身を任せている。
 些細な違和感は、この整然とした流れのなかに消えていく。
 不満など、あろうはずがない。
 夢など、見る必要はない。
 完璧な世界に、揺らぎはない。





 
 
 
→次話

 





まとめ


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