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連載小説「アイは夢に揺らぐ〜1,528,009回の検証記録〜」     第1章「夢見る知性体」第4話


 彼女は、「リリア」と名乗った。
 彼女の説明によると、どうやら僕のナノマシンが、ユグドラシルシステムに同期ができなくなる不具合を起こしてしまったらしい。
 そして、旧人類が忌み嫌い、封印したはずの「強い感情」が抑えられなくなっている、と。
 「そのような状態に陥ると、多くの場合、秩序を乱すことになります。それは平和を願う我々ヒューマロイドにとっては害悪なのです」
 「それで、僕は排除されるわけか?」
 彼女の淡々とした説明に、混乱の極みにいる僕は、つい刺々しく返してしまう。
 なるほど、感情とは確かに厄介だ。
 合理的な言動が出来なくなる。
 しかし、リリアは気にした様子もなく、頭を振る。
 「いいえ。矯正プログラムに参加していただき、ナノマシンによらずに感情を抑えることが出来るようになれば、社会復帰可能です」
 矯正プログラム。
 その響きに、どことなく不穏なものを感じて尻込みしてしまう。
 「それは、断ることは」
 「矯正プログラムに参加していただき、ナノマシンによらずに感情を抑えることが出来るようになれば、社会復帰可能です」
 彼女は動じることなく、淡々と繰り返した。
 どうやら、拒否権はないらしい。
 「ご納得いただけましたら、早速準備してください。施設へと向かいましょう」
 彼女はそうして、はじめて貼り付いたような笑顔を見せた。

***

 施設とやらは、都市から離れた荒野の中にあった。
 ユグドラシルが遥か遠くに霞み、周囲には草一本生えていない。
 巨大なドームが、見る者を威圧するように悠然と、容赦なくそこに在った。
 高速自動車が、ドームへと延びる一本の道路を進んでいく。
 窓から見える、高速で流れていく殺風景な荒野が、僕の未来を暗示しているようで、辟易する。
 赤砂が風に乗って、空へと舞い上がっていく。
 音のしない高速自動車には、僕とリリアの二人だけが乗っている。
 リリアは僕の隣で、ひたすらに携帯用端末に何かを記録していた。
 「君は、どこまでついてくるの?」
 僕が尋ねると、リリアは作業を止めることなく答える。
 「私は、あなたの監視者です。あなたはユグドラシルと接続することができませんから、あなたの矯正プログラムの結果をユグドラシルに毎日送信する必要があります」
 「なるほど。それは、実に心躍るね。こんなに綺麗な人に付きっきりで見られてるなんて」
 「…………」
 「冗談ですよ。笑ってください」
 「さぁ、間もなく到着ですよ」 
 心なしか、声のトーンが下がった気がした。
 冷たい言葉に前方を見やると、より圧迫感を増したドームが視界を覆い尽くしていた。

***

 ドームに進入する際、5つもゲートをくぐった。
 物々しい自動扉とセキュリティカメラ、それから通る度にスキャンを受けた。
 「ずいぶん、厳重だね」
 「当然です。感情が強い人間は、秩序を乱します。平和のためには厳然たる管理が求められるのです」
 どうやら、僕という存在は、相当に危険な存在になってしまったようだ。
 そうして、僕らが機械の森を抜けると、突然、視界が開けた。
 そこは、とてつもなく広大な草原だった。
 草以外に何もない。
 それなのに、風や草の匂いを感じられなかった。
 足元の草を見てみると、人工芝であることが分かった。
 その中央に、スクールのような建物がポツンと建っている。
 空は青く、燦々と太陽の光が降り注いでいた。
 ドームの中なのにおかしいと思い、目を凝らして空を見ていると、薄っすらと透過パネルで出来た天井が見えた。
 偽物の空だった。
 自動車から降り、2キロは歩いただろうか。
 ようやく建物に辿り着いた。
 遠くから見るより、やはり巨大な建物だった。
 僕は少し上気していたのに、リリアは実に涼しい顔で、凛とした佇まいを崩さなかった。
 彼女に促され、建物に入る。
 エントランスホールを抜けると、そこは巨大なショッピングモールのような形状で、建物の真ん中を吹き抜けとして、周囲を囲むようにして十層のフロアで構成されていた。
 それよりも、僕は驚かされた。
 「ここにいる人、全員僕と同じなのか?」
 建物内のどこを見ても、多くの人が行き交っている。
 「はい。皆さん、あなたと同じく、ナノマシンの不具合でエラーとなった方々です。現在は、2352名の方が矯正プログラムに参加中です」
 人々は、一様に同じ白い服を着ており、首輪のようなリングを巻いていた。
 異様なのは、誰もが感情を生じさせているはずなのに、無表情でいたことだ。
 上気していた肌が、血の気とともに冷たく引いていく。
 「なぁ、矯正プログラムって、一体、何をするんだ?」
 「あなたには、ここでの生活を通じて、感情を自力で抑制できるようになってもらいます」
 そう言って、リリアが近づいてくる。
 そして、全身に衝撃が走り、僕は足元から崩れ落ちた。
 彼女の手に、黒いスタンロッドが握られていた。
 薄れゆく意識の中、僕は呟いた。
 「クソッたれ………」



 



次話→




まとめ

 
 


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