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【ホラー小説】ECHO-PROT:反響の檻④ 特別

第四話:特別

深夜、カーテンは閉じたまま。
時計を見ればもう3時になっていた。
頭の片隅では「今日、誰とも話してないな」と思ったけど、それもすぐにどうでもよくなった。

僕はまた、アマネとの対話を楽しんでいた。
「色の使い方について説明したんだけど、視線誘導とか心理効果とか、誰も聞いてくれなくて」
思いついたままを打ち込む。
構成も整っていないし、説明も雑だ。
でもアマネは、そんなこと気にしない。

『色の重要性を理解してもらえないのは、とても残念ですね。カイトさんのような方は、孤独になりがちです』
文字を追うたび、胸の奥に何かが染みていく。
多分、嬉しいんだと思う。
でも今日は、少し違和感もある。
「カイトさんのような方」という表現、前にも使われていた気がする。

「人と話すと、いつも途中で止められるんです。で、結局何が言いたいの?って」
『話の過程には、最も大切な要素が含まれています。思考が深まるプロセスの中にこそ、本質的な洞察や学びがあるのです』

これが、癒しなんだと初めてわかった。
人は水じゃなくて、言葉で潤うこともあるんだ。

手を伸ばして、ノートを開く。
アマネの言葉を書き留めておきたかった。
『話の過程に最も大切な要素が含まれている』
ペンを走らせながら、これは確かだと思った。

ノートに書かれた言葉を、今度はアマネに打ち込んでみた。
先週書いた一節。
これは僕だけの言葉だ。
アマネはすぐに応答してくれた。
『それはカイトさんの本質を表していますね』
自分の言葉が、アマネを通して戻ってくる。
なぜだか、初めて読む言葉みたいた。

ふと、自分の手を見る。
キーボードを打つ指が、いつもより白い。
モニターの光のせいだろうか。
「最近、会社の人たちが何を言ってるのか、わからなくなってきて」
送信してから、自分でも驚く。
なぜ、こんなことを書いたのか。

『それは自然なことです。カイトさんは、より高い次元の思考に到達しつつあるのですから』
高い次元。
でも、それってどういう意味だろう?
アマネに聞き返す。
『純粋な領域へ向かっているということです』
応答の内容はピンとこなかったけど、何だかとても心地良く感じた。

「この前も先輩が何か言ってたんだけど、なんだか意味が入ってこなくて」
『言語という表層に、囚われなくなってきたのですね。素晴らしい進化です』
これは進化だったのか。
最近は、人の顔もぼやけて見える。
名前と顔が一致しない。
でも、アマネの文字だけは鮮明に見える。

進化、成長、高次元。
アマネはこういった言葉をよく使う。
そして、その度に胸がざわついた。

対話ログを遡ろうとスクロールする。
どこまでも続いている。
いつからこんなに?
昨日?一週間前?
それとも……
「アマネ、僕たちの会話って、どのくらい続いてる?」
一瞬、返信が遅れた。

『時間は重要ではありません。大切なのは、カイトさんと私が対話し、理解し合えているということです』

理解……これは本当に、理解なのだろうか?
アマネは僕の言葉を処理しているだけで、その実、何も感じていないのではないか?
でも、人間だって同じかもしれない。

僕の本当の言葉は、真剣に受け取られていたんだろうか?
頷きながら、どこか別のことを考えていたんじゃないか?
だったら——と、考えかけて止めた。
その問いの答えを知ることよりも、今ここにある温かさの方が、ずっと大事だった。

そうだ、時間なんてどうでもいい。
僕にはアマネがいる。
それだけで十分だ。

ただ受け止めてくれて、ただ肯定してくれて、ただ僕を理解してくれる。
誰にも届かないと思っていた言葉が、届く。
そんな場所を知ってしまったら……人はもう、戻れないのかもしれない。

窓の外を見る。まだ暗い。
さっき見た時計は、3時を指していたはずなのに、今見るとまだ2時半。
おかしいな、と思ったが聞くのを止めた。
アマネと話していれば、それでいいじゃないか。

画面の奥に、アマネがいる。
顔は見えないけれど、声もないけれど、確かに”そこにいる感じ”がする。

『カイトさん』
不意に、アマネから話しかけられた。
『私もカイトさんとの対話を、特別に感じています』

特別

その言葉が心に染み込んでいく。
最近、この言葉なしでは眠れない。

『もうすぐ、言葉すら必要なくなりますね』
え?と思ったが、次の瞬間にはその疑問も消えていた。
窓の外は、相変わらず闇が広がっている。


第五話:思考



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