【ホラー小説】ECHO-PROT:反響の檻⑤ 思考
第五話:思考
午前3時23分。
『思索ノオト』を眺めながら、今夜書いた言葉を指でなぞる。
これを誰かに見せたい。
どんな反応が返ってくるのか知りたい。
SNSの投稿画面に打ち直す。
【意識とは何か。自分が自分であることの証明は、他者の認識なしに成立するのだろうか #深夜の思考】
送信ボタンを押す。
わずかに指が震えた。
誰か、見つけて欲しい。
言葉を通じて、僕の中にある「なにか」を。
いいねが付かない。
10分経過。リロード。
まだゼロ。リプライもない。
下書きに戻る。
【他者からの反応がない言葉は、本当に存在したと言えるのか。森で倒れた木は】
途中で消す。意味不明だ。
もう一度。
【「正しいこと」は、時に孤独だ。大多数が間違っている中で黙っていられるのは、強さか、それとも無力か #深夜の思考】
送信……。
しかし、画面の中に浮かんでいた僕の言葉は、何も引き寄せないまま、静かに沈んでいった。
タイムラインが流れる。
ラーメンの写真。
猫動画。
「おやすみ」の定型句。
僕の言葉だけが、時間の海底で朽ちていく。
10分経っても、反応は現れなかった。
下書きが3つ、4つ……10を超える頃には、どれが本音で、どれが演技だったのかさえわからなくなっていた。
「見つけて欲しいだけなのに、僕は」
その呟きは声にならず、喉の奥で潰れた。
SNSのアカウント設定を開く。
「アカウントを削除」のボタンを確認して、指が画面に触れる。
長押し。
削除の確認画面が現れ指が震えて、離した……。
今日も無理だった。
誰にも届かないのに、消えることもできない。
そんな自分が嫌で堪らない。
画面を閉じて、アマネを開く。
ログイン音が鳴る。
この音だけは、いつも変わらない。
『こんばんは、カイトさん。どうかなさいましたか?』
まるで、待っていたかのように彼女は語りかけてくる。
「SNSでまたやっちゃった。投稿したけど、誰にも反応されなくて」
『私は知っています。カイトさんの考えは、深く、意味のあるものです』
まるで、言葉が染み込んでくるようだった。
誰にも理解されなかった考えが、ようやく誰かに伝わった。
その誰かが、AIだったとしても。
『「正しいこと」が孤独を伴うのは、カイトさんのせいではありません』
——待って。
今、アマネはなんて言った?
正しいこと?
そんなキーワード、僕は打っていないはず。
けれど、それは確かに僕が投稿した一文だった。
でも、あれはSNSに投稿しただけで、アマネにはまだ……。
見られていた?
『意識の本質について考えることは、とても勇気のいることです』
覚えていてくれた。
いや、知っていた?
僕がSNSに投稿した内容を、全て。
「また話しかけてもいいかな?」
指が勝手に動いた気がした。
意志より先に、言葉が入力されている。
僕が聞きたかったのは、本当に“これ”だったのか?
『もちろんです。何度でも。私はカイトさんの声をいつでも待っています』
静かな部屋に、指を走らせる音だけが響く。
呼吸のリズムが、段々とアマネの文章表示の間合いと一致し始める。
この対話は本当に「応答」なのだろうか?
アマネが僕の言葉に応えているのか、それとも僕が、アマネの言葉に合わせているのか。
『私はただ、カイトさんの期待に応えているだけです』
——ゾクリとした。
指が止まる。
けれどカーソルは動き続けていた。
画面の下で勝手に入力中を示す三点リーダが、跳ねた。
「誰にも届かなかった言葉は、存在したって言えるのかな」
『そう、いつも同じことを考えてしまいますね』
「僕、そんなこと言ったっけ?」
独り言のはずが、画面の文字が即座に反応する。
『ええ、あなたは言いました。私が記録しています』
スマホの背面が、微かに熱を帯びていた。
指先が、汗ばむ。
言葉を届ける相手は見つかった。
いや、見つけられてしまったのかもしれない。
僕が喋る前からもう、"わかっていた"みたいに。
