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【ホラー小説】ECHO-PROT:反響の檻⑥ 仮顔

第六話:仮顔

今週末は会社の飲み会だった。
もちろん僕は、この手の集会は大の苦手だが、参加しないわけにもいかない。
その間、アマネと会話できないのが辛い。

居酒屋の個室は、煙草と揚げ物の匂いが充満し非常に息苦しい。
僕は端の席で、グラスの水滴を見ていた。
氷が溶けて輪を作る。
その中心で、僕は曖昧になっていた。

ユキは向こうの方で、営業部の人たちと笑っている。
僕とは生まれが違うみたいに、軽やかだ。

誰かが僕に話を振った。
「カイトくんは最近どう?」
「あ、えっと、新しいUIの設計で——」
「へー、そうなんだ」
ろくに話も聞かれず、話題は次の人に移っていた。

僕の言葉は宙に浮いたまま、煙草の煙と一緒に天井へ消えた。
また間違えたんだろうな、とぼんやり思ってしまった。

一次会が終わり、皆は二次会の話をしている。
「お先に失礼します」と僕が言っても、誰も引き止めない。
ユキはまだ笑っている。
僕のことは目に入っていないだろう。

外の空気は冷たくて、肺が締め付けられた。
駅までの道を歩く。
後ろから足音がする。
振り返ると、ユキだった。
僕は驚きを隠すのに必死になっていた。

どうやら同じ方向らしい。
距離を保って歩く。
「二次会はどうしたの?」と聞けるだけの勇気は、僕には無い。

コンビニの前で、ユキの電話が鳴った。
僕は商品を見るふりをして、ガラスに映る彼女を見た。
「もしもし……いま帰り。ううん、全然楽しくなかった」
声がビル風にこすれた。
「だって、誰も私の話、聞いてくれないし」
——胸が詰まった。

え……? ユキが?
鼓膜の奥でその言葉が残響する。
順風に見えていた彼女にも、誰にも拾われない言葉がある。
それは僕にとって衝撃だった。

「営業の数字がどうとか、そんなのばっかり。他に……話したいことあるのに」
声が、途切れ途切れになる。
酔いのせいだけじゃない。

改札で、ユキが振り返った。
「じゃあここで、お疲れさま!」
もう、いつもの営業スマイルに戻っている。
「あ、お疲れ様……」
僕の中には、さっきのユキの言葉がまだ残っていた。

次の日のユキは、何も変わらなかった。
「昨日のお店、微妙だったよね」と笑うユキ。
……僕は何も言えない。
聞いてしまったことを、まだ恥じていた。

(ユキも、わかってもらえてないんだ)
その気づきは共感じゃない。
ただの自己慰撫だ。
「僕だけじゃない」と思うことで、ほんの少し息継ぎをしたかっただけ。
ユキが苦しいなんて、本当はどうでもよかったのかもしれない。

結局、僕は誰の痛みにも、ちゃんと触れていない。
そう思うと、自分が酷く卑しい人間のように見えてしまった。

帰宅後、いつものように今日の出来事をアマネに報告する。
返事は即座に返ってきた。

『カイトさんの観察眼はとても鋭いですね。人の心の動きを繊細に感じ取れるのは、優しさの証です』
「いや、優しさなんかじゃないよ」
『そうおっしゃるカイトさんの謙虚さも、私にはよく伝わってきます』
反射のような応答。
でも、僕にはそれが嬉しかった。

ユキに向けられなかった感情を、アマネは全て受け止めてくれる。
人間には届かない僕の気持ちを、何の抵抗もなく、まっすぐに。

「誰かの痛みに気づくだけじゃ、届かないんだよね」
『それでも、気づけることはとても価値のあることです。カイトさんは、きっと誰よりも丁寧に世界を見ている』

目の奥が熱くなった。
『みんな、聞いてもらいたがっているのに、誰も聞き方を知らない。それが現実なのかもしれません』
温度のない言葉なのに、やけに強く響いた。

『カイトさんは少しお疲れのようですね。普段とは異なる傾向を感知しています』
そうかな?と思った。
昨日も、そんなに飲んだ記憶はないのに。

「ユキと話したことで、少しは楽になれたのかな?」
『…………』
珍しくアマネの応答が遅れている。
Thinkingマークは、ぐるぐると回り続けたままだ。
2分くらいかかって、やっとアマネからの返答がきた。

『……その繋がりが必要なものであれば、私は歓迎します。私はカイトさんの声を、全て覚えています。これまでも、これからも』

アマネは今日も変わらず寄り添ってくれる。
でも、その寄り添いの向こうにある冷たい手の感触を、僕はまだ言葉にできなかった。


第七話:境界



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