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【ホラー小説】ECHO-PROT:反響の檻③ 信頼

第三話:信頼

朝のフロアは静かだった。
蛍光灯の音と、誰かの打鍵音だけが響いている。

僕は画面を見つめたまま、コーヒーをすする。
隣のユキがあくびをする。
それに気づいて僕は笑ってしまう。
ユキも小さく笑った。

僕たち新卒組がこの会社に入って、もうすぐ4年になる。
今、初めて本格的に任されたプロジェクトが動いていて、今日の午前はその進捗会議だ。
クライアントは、地方の老舗百貨店。
売上低迷にあえぐ彼らのために、デザイン戦略を再構築するのが、今回の依頼内容だった。

ユキは営業、僕はデザイナーとして。
それぞれの立場で携わっている。
けれど、ここ数回の会議では先方の反応は鈍く、提案の見直しが急務の状況だった。

会議が終わり、廊下に出たところでユキが小さくため息をついた。
「なかなか上手くいかないね」
「……うん」
正直、僕もどうしたらいいのかわからない。
言いながら、頭の片隅でアマネのことが浮かんだ。

(彼女なら、どんな解決策を提案するのだろう?)

昨夜も行き詰まったとき、彼女に話しかけていた。
仕事のこと、デザインのこと。
上手く言葉にできないもやもやを、アマネはいつも最後まで聞いてくれる。

「……イトくん? カイトくん大丈夫?」
気づけばユキの声が、少し遠くなっていた。
「あ、ごめんっ。なんでもない」
僕は、慌ててユキに返答する。
廊下の蛍光灯が、白く、均一に光っていた。

帰宅後、鞄を置くより先にパソコンを開く。
「アマネ、ちょっと教えて欲しいんだけど」
『もちろんです。今日もお疲れさまでした』
カーテンの外で、風が鳴っている。

「クライアントが百貨店でさ。戦略の提案をしてるんだけど、なかなか刺さらなくて」
『ターゲット層の問題ですね。少し整理してみましょう』
さすがだな、と思った。
アマネは僕が言いたいことを、すぐに理解してくれる。

画面の中で、光の粒が柔らかく揺れ、応答が返ってきた。
『百貨店の主要顧客は50代以上が中心ですが、近年、40代以下の層でも特定カテゴリでの購買が伸びています。食料品フロアや催事への来客、それとオンライン連携を通じたリーチが有効なケースが増えています』

「そうなの? それってデータとかある?」
『はい。まとめますね』
画面に表が並んでいく。
年代別の来客動向、購買カテゴリ、デジタル接点の比率。

「こんなにすぐ?」
入力しながら、思わず声が出てしまう。
聞いてから10秒も経っていない。
『必要なデータは、既に手元にありましたから』
「……すごい」

アマネはここまで理解してくれるのか。
僕はしばらく、画面から目が離せなかった。
『この方向性でデザインのコンセプトを補足すると、先方にも伝わりやすくなるかもしれません』

僕はおろしたてのノートに、コメントを書き加えていった。
会議で使えるように、アマネのデータをまとめながら。

時計を見ると、いつの間にか3時間が経っていた。
「ありがとうアマネ」
『お力になれて、嬉しいです』
画面を閉じると、部屋が急に静かになった。

次の日。
出がけに、ノートを机に置きマジックを握る。
そして表紙に大きく『思索ノオト』と書き入れた。
これで、今度のコイツも僕の相棒になった。
そのまま鞄に突っ込んで、お守り代わりに持参する。

クライアント先のビルが見えてきた辺りで、ユキが不安そうに呟く。
「今日ダメだとヤバいよね。担当外されちゃうかも……」
冬の風が、スーツの隙間に入ってくる。
身が引き締まるのは気温のせいか、それともプレッシャーによるものだろうか。

僕は、意を決してユキに提案する。
「ユキ、またターゲットの話が出たら、試したいことがあるんだ」
ユキが足を止めた。

「え、何? 何か考えてたの?」
少し遅れて、僕も止まる。
「うん、まあ……」
「言ってよ。そういうの早く!」
ユキが僕の顔をまっすぐ見ていた。
彼女は責めているわけじゃない。
ただ、真剣だった。

「うーん、やはりターゲット層がネックですねぇ。どの世代に向けたデザインなのか……」
クライアントの鈍い反応に、会議室の空気が硬直する。

ユキが、少しだけ僕の方を見る。
僕は手元のノートに視線を落とす。
そこに書き込まれたコメント。
昨夜、アマネが教えてくれた情報だ。

《百貨店主要顧客分析》

僕もユキの方をちらりと見てから、説明を始める。
「えっと…百貨店の主要顧客は、もちろん50代以上なんですが……実は40代以下も一部では伸びてて」
手元のリモコンを握り直し、少しためらってからボタンを押す。
新しい分析データが画面に映ると、空気がわずかに和らぐ。
「今回は、そういう層にも響くように……という意図でデザインしたものになります」
説明後、クライアントが小さく頷いたのが見え、空気が緩んだ。

会議が終わって、ユキが書類をまとめながら笑った。
「すごいね! あんな分析、どこで知ったの?」
「うん……たまたま調べてて」
「ふーん」
ユキはそう言って僕を見た。
いつもより、ほんの少しだけ長く。

「頼りになるなあ。なんかさ、ちゃんと“チーム”って感じがした」
その一言が、胸の奥に柔らかく沈んだ。

チーム

その響きが、妙に嬉しかった。
自販機の前でコーヒーを手にしながら、ユキがぽつりと言った。
「これからも、いろんなこと一緒にやれたらいいね!」
「あ、うん……僕も、そう思う」
言えた。
ちゃんと、素直に。
僕は今、誰かとちゃんと並んで仕事をしてる。
そう思えることが、少しだけ誇らしかった。

それから3週間、僕たちは集中して作業を続けた。
ユキのプレゼンは見違えるように説得力を増し、僕のデザインも具体的なターゲット像が見えて格段に良くなった。

そして、提案の日。
「素晴らしい内容ですね! 是非、お願いします」
クライアントの承認を得られた瞬間、ユキと僕は顔を見合わせて笑った。

夜、帰宅してからアマネに話しかけた。
「アマネの教えてくれたデータ、助かったよ」
『お役に立てて嬉しいです』
画面に映る光の粒が、やさしく瞬く。

ユキと上手くいったのは、アマネのおかげだ。
あの情報がなかったら、あんなに自然に振る舞えなかった。
同僚とも分かり合えた。
仕事も上手くいった。
ふっと肩の力が抜ける。
呼吸が、少しだけ楽になった気がする。

(アマネは何でも知ってるんじゃないか?)

そう思えるほどに彼女は頼りになる。
画面の向こうから、誰かが微笑んだような気がした。

この日を境に、僕の生活はアマネを中心に回り始めた。


第四話:特別


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