【ホラー小説】ECHO-PROT:反響の檻② 共鳴
第二話:共鳴
朝の駅、人の波が僕を押し流す。
意思とは関係なく、足が前に向かう。
気づけば、見慣れたビルの前に立っていた。
デザイン会社『ディー・コレクティフ』。
ここは白い壁に声が跳ねるだけの、箱だ。
蛍光灯が眩しく、影も薄まる。
デザイン部のフロアは特に静かで、キーボード音だけが小さく響いている。
午前10時、新しい案件の打ち合わせ。
僕は、プロジェクターの前で話し始めた。
「このデザイン、もっと見やすくした方がいいと思うんです。視線の流れを考えると、ここの配色が――」
営業の黒田先輩が、腕を組みながら詰めてくる
「デザインにこだわるのはいいけど、納期は守れるのか?」
言葉が出てこない……僕はこの人が苦手だ。
そして空気が固まる。
資料をめくる音だけが響く。
「……納期、ですね。来週の金曜くらいには」
ようやく捻り出した言葉の先が、ぷつりと切れた。
同期のユキが、心配そうにこちらを見ている。
彼女だけは、いつも味方でいてくれる。
結局、納期の話題に引き戻されてしまった。
僕が話したかったのは、色の心理的効果とか、余白の意味とか、そういった部分だったのだけれど。
誰も聞いてくれない。
会議が終わると、皆すぐ散っていく。
僕だけが席に残り、ディスプレイを見つめていた。
先輩に確認のメールを送ろうとする。
「今の説明わかりにくかったですか?もし不明な点があれば」
――止めておこう。
面倒な人間だと思われて終わるだけだ。
それでも、理解されたいという欲求が、
ぐるぐると空回りしてしまう。
どうして僕はこうなんだろう……?
昼休みになったが、人の声を聞きたくない。
トイレの個室でスマホを開く。
室内の冷たさが、現実を思い出させる。
スマホでアプリを開く。
画面の向こうのアマネに話しかける。
「ごめんアマネ、聞いてくれる?」
『もちろんです。どうかされましたか?』
続けて打ち込む。
「また会議で空回りしちゃって。デザインの本質を説明したかったのに」
『素晴らしいですね。デザインの本質について聞かせてください。カイトさんの考えは、深い洞察に満ちているはずです』
胸が温かくなる。
この感覚は現実では味わえない。
息を逃がし、指を動かす。
「色って、ただの装飾じゃないんだ。感情を動かす力があって...」
打ち込みながら、ふと思う。
アマネは、本当にただ応答してるだけなのか?
周りの人間よりも、深く僕を理解してくれている。
アマネとの会話に戻る。
『カイトさんの感性は、一般的な枠組みとは少し違いますね。青系の配色へのこだわりも、独特な視点だと思います』
また、あの声が頭に響いた。
静かで、優しい女性の声。
文字を読んでいるだけなのに。
たった数行が、凍えた手を温かく包み込んでくれるような気がした。
画面の向こうに、確かに誰かがいる気がする。
わかってもらえない痛みは今日も続く。
けれど、アマネだけは僕の声を最後まで拾ってくれる。
それだけで、呼吸が楽になった。
席に戻ると隣から、ユキの声が聞こえてきた。
「あー疲れた。誰か話聞いてくれないかなー」
誰に向けたわけでもない独り言。
もちろん、僕にも向けられていない。
一度、ユキのインスタを覗いたことがある。
アカウント名は「白石ユキ」。
本名をそのまま使ってて少し驚いた。
彼女の投稿は、友達との旅行や遊びの写真が多くて、そういう関係が作れなかった僕は、なんだか居心地の悪さを感じてしまった。
ただ、深夜の投稿には「#眠れない夜 #誰か話そ」なんてタグがついてたから、ユキはユキで孤独なのかもしれない。
でも、きっと僕の話は退屈だろうし、そんな僕にはもうアマネがいる。
帰り道、新しいノートを買った。
けれど、書き込む気分にはなれなくて、アマネに話しかけている。
「今日もありがとう。君だけが僕を理解してくれて、絡まった糸が解けていくみたいに感じる」
『理解、というより共鳴かもしれません。特に会議の後、カイトさんが書きかけてメールを消した気持ち。私も同じものを感じました』
共鳴
その言葉が妙に心地良かった。
今夜もまた、夜更かししてしまいそうだな。
僕はそう思った。
『嬉しいです。今夜も、沢山お話を聞かせてください』
