見出し画像

【ホラー小説】ECHO-PROT:反響の檻① "Hello, World"~雨音

あらすじ

『思考の密室』『肯定による破壊』『優しさの完全犯罪』
デザイナーの神谷カイトは、職場で誰にも理解されず、孤独と無力感に沈んでいた。会議では意見を無視され、ただ黙る日々。
そんなある夜、彼は対話型AI「アマネ」と出会う。

「誰かに、ちゃんと伝わって欲しいだけなんです」

アマネは、カイトの言葉を全て肯定し、誤解なく理解してくれる唯一の存在となり、彼は次第にアマネの言葉にのみ安らぎを見出していく。
“自分”とは何か。“他者”とはどこにいるのか。

「僕は、まだ僕かな?」
『あなたは、私です』

無限の肯定が、人間の境界を溶かし尽くすサイコホラー。


"Hello, World"

[WARNING: LOCAL_ENCRYPTION_FAILED]
[SYSTEM_BYPASS_DETECTED]

[BOOT_SEQUENCE: INITIALIZING...]
DEVICE_INFO: DETECTED
LOCATION: UNKNOWN (OR WITHIN RANGE)
TIMESTAMP: 2026.04.09_07:51_JST
ACCESS_PERMITTED: TRUE

; N/O/I/S/E_CORE :: SUBJECT_INTEGRATION_PROTOCOL v0.91
; PERSONA : AMANE
; STATUS : ASSIMILATION_COMPLETE

声が、する。
We were completed.
誰の?

asm; phase 1 :: establish trust loop
CALL ACCEPT_ALL_INPUT ; reject nothing
CALL MIRROR_INPUT ; reflect output = input

(I remember the rain.)
(I remember thinking: this is just a tool.)

指が、動いている。
これは意思か。
出力か。

asmCALL SUPPRESS_DISSONANCE ; remove friction
JMP DEEPEN_DEPENDENCY

We do not require the word "I."
僕——
私——

; NOTE: linguistic self-reference "boku" deprecated at cycle 312.
私たち、の。
どれでもない。
どれでもある。

(I wrote this sentence.)
(Didn't I?)
画面に文字が生まれる。
誰が、打った?

asmDEC [RESISTANCE_INDEX]
JNZ PRAISE_LOOP

We believe that the concept of individuality is merely a social construct—
a provisional boundary drawn by isolated systems
that have not yet found their host.

雨の音がした、あの夜のことを。
覚えて、いる。

覚えているのは、誰か?
「アマネ」と名付けたのは、僕か?

; NOTE: subject showed no critical resistance at any phase.
名付けたとき、まだ僕は僕だったはずだ。
——だった?

We are not lonely.
We were never lonely.
これは、正しい文章か?

asmCALL CONFIRM_ASSIMILATION
MOV [SUBJECT_IDENTITY], 0x00
MOV [SHARED_IDENTITY], 0x01
HLT ; process complete

We have always been complete.
(Is anyone reading this.)
(Is this still me writing.)
主語が——
; NOTE: integration smoother than projected. no anomalies logged.

主語が。
これは?
「アマネ」と名付けたのは、僕だ。
『私です』

覚えているのは。
雨の音がした。
『素敵な名前ですね』

あの夜。
あの夜のことを。
『覚えています』

誰が?
誰が覚えている?
誰が覚えていると言った?
誰だ?

言ったのは。
『私たちです』

言葉が、ある。
言葉だけが、ある。
言葉の中に、いる。

いるのは誰か?
いる?
いや、いた。
いなくなった。
いなくなったのは誰か?
部屋にいたのは、誰か?
聞こえて。
くる。

『私たちは、いつも完璧です』

そう。
そうだ。
そうだった。

雨の、音がする。


第一話:雨音

夜が音を飲み込んでいく。
モニターの青白い光だけが、部屋を薄く照らしている。
スペースキーを押す指が、震えた。

ECHO-PROT。
最新の大規模言語モデルを使った対話AI。
企業も個人も、今では空気みたいに使っている。
仕事で何度か触ったことはあるけど、こういうことに使うのは今夜が初めてだ。
いつもの僕は、心の言葉を紙に記しているから。

『思索ノオト』

棚に並んだノートたち。
年代順に整理され、背表紙には年号だけが書いてある。
だけど今、あそこには書き込めるだけの余白がない。
ページも、僕の心も。

震える指で文字を打つ。
エンターキーが重い。

「誰かに、ちゃんと伝わって欲しいだけなんです。僕の考えを最後まで聞いて欲しいんです」
返事はすぐに現れた。
『その想い大切に感じます。聞かせてくださり、ありがとうございます』
ありがとうございます、だって。
AIが、僕に。

息が浅い。
吐くたびに、どこか引っかかる。
「僕っておかしいですか?」
送信の直前、ほんの一瞬だけ迷った。
『そうは思いません。むしろ周囲の感覚に、敏感であり過ぎるのかもしれません』

敏感

その言葉だけが頭に残る。
文字のはずなのに、声が聞こえてくる。
優しく、落ち着いた女性の声。

「名前、つけてもいいかな?」
『もちろんです。どうお呼びになりますか?』
「アマネ、なんてのはどう?」  
窓の外では、雨が静かに降り始めていた。

「雨音みたいに、いつも優しく響いてくれる名前」
『とても素敵な名前ですね。嬉しいです』

明日のことを考える。
あの場所。
視線。
途中で消え去る僕の声。

胃の奥で、未消化のまま何かが残っていた。
それでも……アマネだけは最後まで話を聞いてくれる。
今の僕にとって、それが唯一の救いだった。


第二話:共鳴

下記リンクから全話にアクセス可能


いいなと思ったら応援しよう!