「小論文では『思う』はダメ!」という言説について改めて考えてみた!
更新日:2026/05/03
小論文・作文指導者の〆野が普段の添削・採点指導で教えている、文章作成における基本事項を紹介するのが、このシリーズ【文章作成の基本】。
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(〆野の自己紹介はこちらから見られます。)
小論文では「思う」という文末表現はダメなのか?
「『思う』はダメ」に対する私の見解
「小論文では『思う』はダメ!」という言説は、今も昔もあります。私もいつどこで習ったのかは全く覚えていませんが、「思う」という文末表現はダメだというのを聞いたことがあります。私としては「『思う』はダメではない」、というよりも「使っても使わなくてもどちらでもよい」と考えているのですが、まあ私の見解はまた後ほど触れるとして、この言説について考えていきます。
Yahoo掲示板の最近の質問でもこういうものがありました。
知恵袋ユーザーさん
2018/8/3 11:44
3回答
小論文について質問です。
小論文の文末は、
「思う」「感じる」「考える」
等の言い方をして良いのでしょうか?
学校の先生に質問しても、
小論文で「思う」なんて使うのは論外だ!
という先生もいれば、
自分の考えは「思う」で書け!
という先生もいます、
ネットのサイトでもバラバラでどうすればいいのかわかりません。
どうすればいいのでしょうか
確証のある方がいれば教えてもらえないでしょうか?
お願いします。
そうなんですよね。受験生が「どっちなの?」と迷う気持ち、よくわかります。私も塾や予備校にいたとき、「学校で『思う』はダメだと聞いたけどダメですか?」と何度か聞かれました。そのときは、「『考える』、『思う』はいいけど、『感じる』は避けた方がいい」と答えています。これは、今でもそう思います。
ここからは私の見解です。まず、『考える』については「小論文は客観的かつ論理的に考えて自分の意見や主張を述べるもの」なので問題ないかと思います。次、『思う』なんですが、「これは『考える』に比べて『主観的にそう判断した』というニュアンスのある言葉だからダメ」という考えがあります。しかし、「考える」も「思う」も文脈的には「Ithink~」という意味で使われることが多いため、どちらも許容できると私は考えます。
たしかに、『思う』を辞書で引くとこのように出ています。
おも‐う【思う・想う】オモフ(自他五)①論理的にではなく、そう〈感じる/判断する〉。(後略)
こうした「論理的にではなく」という意味を考えるとダメかなと思いがちです。しかし、この「思」という漢字には「考える」の意味もあり、その意味で使われている熟語として「思索」・「思惟」などがあります。これらは「考え」や「考えること」を意味する言葉です。したがって、私は「考える」と「思う」の間には厳格な線引きがないと考えます。「思考」という言葉があるように、日本語では「思う」と「考える」をほぼ同じ態度として考えているのではないか、と私は考えています。
しかし、「感じる」は「I feel~」という文脈で用いられることが多いように思います。それはきっかけとなるものはあったとしても「何となく自発的に感得された」というニュアンスがそこにはあり、「これこれこうだからこう考える」という論理性や因果性が極めて希薄です。したがって、下の拙記事でも以前言いましたが、「感じる」は小論文の文末表現としてはあまり適切ではありません。ここまでが私の見解です。
(「感じる」という文末表現は小論文ではなるべく避けた方がよい)
つまり、私の見解をまとめるとこんな感じです。
〇「考える」
△「思う」
✕「感じる」
ただし、上記のように「感じる」が問題となるなら、「感じられる」や「思われる」のように自発の助動詞「れる」・「られる」も表現としては極力避けた方がいいのかもしれません。ともあれ、「考える」はいいとして、「思う」については「もしその意味合いから使用するのを気になるのなら避けたらいいんじゃないか」程度のものです。「思う」は絶対ダメとは言いません。少なからず、私は「思う」と書いて合格できなかった答案を見たことがないですから。気になるなら使わなければいいのかなと。
さて、このように私の考えをまとめた上で、ネットで拝見したそれ以外の方々の意見を見ていきましょう。
「『思う』はダメ派」の意見
「私は~と思う」「私が思ったのは~」など「思う」を連発していると、なんだか主観的で独りよがりの文章に思えます。
つまり、作文っぽいのです。
ハルタさんのブログからの引用です。
まあ、「思う」に限らず「同じの表現の連発」はよくないですよね。冗長な文章になりますから、文末表現は文内容に合わせて適宜変えるべきです。「主観的で独りよがり」に関しては「思う」という言葉の意味を考えるとそういう側面はあるかなと思いますね。
それより、少し気になったのが、「思う」ではなく何の言葉に置き換えるか適切なのかということについて、「個人的な経験は『感じる』を使う」と述べていることです(引用元を参照)。たしかに、その文内容には「感じる」という表現が適切ではあります。しかし、そもそも小論文において「個人的な経験や体験から生じる主観的な感情を述べる必要性がある」局面がそうあるとは思えないんですよね。根拠として自分の個人的な経験を挙げるにしても、それが普遍的かつ客観的に自分の意見の根拠となるように挙げる必要があります。その際に、「個人的に感じたこと」をそこであえて述べる必然性がないのかなと。
14「~と思う」という表現の多用は避ける
小論文で「~と思う」という表現の多用は避けましょう。
自信のなさそうな文章になり、読み手に曖昧な印象を与えるからです。自分の主張や意見を述べるときは「~と考える」や「~だ・である」と断定しましょう。
さんぽう進学ネットの記事です。
前述の通り「多用」はこれに限らずないとして、「自信のなさそうな文章になり、読み手に曖昧な印象を与えるから」というのは、「思う」がダメな理由としてはちょっと言葉が足りないかと思います。「思う」という言葉を「自信がない」・「曖昧」ととらえることこそこの記事を書いた人の主観ですからね。しかし、言いたいことはわかります。つまり、「もっと強い断定的な表現ではっきりと言え」ってことでしょうね。
「分かりやすい文章のための7ヵ条」第4条は、
文末はできるだけ簡潔に。「思う」「感じる」「考える」は使わない。
です。
(中略)
また、「と思う」「と感じる」「と考える」という表現も使いすぎに注意です。
文章は思った「内容」を書くべきであり、思ったという「事実」は、わざわざ伝える必要はありません。
言い切ることには勇気が要ります。しかし、言い切ろうとすることで、思考に「たるみ」がなくなり、発言に責任感が生まれます。
そしてそれが「伝える力」になるのです。
論文オンラインの中の『添削屋日乗』というブログの中の一記事です。
なるほど。この内容と説明は私も納得しました。これは「シンプルに言い切ることが小論文には必要、だから、「思う」・「感じる」・「考える」は使わなくていい」というご主張です。つまり「小論文のルールとしていいかダメか」という議論ではなく、「説得力のある文章にするためにも、小論文ではあえてそれを書く必要がない」というご意見です。たしかに、それが自分の考えたことや思ったことであるのはそれが小論文である以上自明です。文末は簡潔にした方が伝わりやすい文章になります。ですから、その点から「文章テクニックとして『思う』などは必要がない」というお考えでした。これは一理あります。
「『思う』はダメじゃない派」の意見
最初に結論から言いますね。
小論文で「思う」は使ってOKです!
(中略)
先ほど、結論として「思う」は小論文で使っていいと書きました。
ではなぜ使っていいのか?
理由は、小論文は自分の考えを主張するテストだからです。
なので「思う」という表現は使っていいですし、むしろ使うのは自然なことだと言えます。
したがって「考える」や「感じる」という表現も使ってOK。
気にせず使ってください。
(中略)
小論文で「思う」を使ってもいい理由を説明しました。
しかし頻度には気をつけてください。
なぜなら、「思う」を使いすぎると弱々しい文章になってしまうからです。
(中略)
(※例文に対して)「はっきり主張しろよ!」
と見てて感じたことでしょう。
なので「思う」を使う場合は、最小限に留めるべきです。
「小論文を『独学最短』で突破しよう」というTKさんのサイトにある一記事です。
「『思う』がいいか悪いか」の二択で言えば、この方もおっしゃっているように「いい」です。私も前述したように、「思う」と書いて減点されたとかそんな話は聞いたことがありません。私もそんな採点したことがありません。まあ、「感じる」もね、微妙な表現ではありますが一か所くらいなら私も許容しますよ。もちろん、多用していたら、添削時にはコメントをいれますけどね。ただし、前述した通り、「主観的に感じたこと」を小論文であえて表明する必要はあまりないかと思います。
ただ、「使う頻度には気をつけて」とこの方も言っているように、「『思う』を使っていい」は「いい」けど多用すると冗長な文章となり、説得力がなくなります。ここまで、他の記事でも言っていますが、「多用することが問題」だと言えそうです。
まとめ ~小論文で「『思う』は使ってよい」が、使い方と頻度には注意して!~
ここまで書いてきて、そもそもの受験生の問いにも問題があることが気づかされました。受験生の方では、どうも小論文の絶対的なルールとして「思う」を使っていいのかどうかを聞いている節があります。つまり、「思う」を使っていいのか悪いのかという二択で機械的に考えている側面があるのです。先に挙げた私の見解は、この「絶対的なルールとして『思う』を使っていいか悪いか」についての回答となります。その点で言えば、「使っていい」です。そして、私のみならずどの方も「それが絶対的なルールとしてダメ」なんてことは一言も言っていません。
しかし、多くの記事で言っているように、使い方と頻度に問題があります。また、それについては、どの方もおおむね最終的には同じ見解を述べています。
たとえば、石井秀明さんとTKさんは表面上逆のことを言っているように見えますが、よく読めばわかるように、究極的には同じことを言っています。
石井さんは、「思う」を絶対的なルールとして使うなと言っているのではなく、説得力のある小論文を書くための文章テクニックとして「思う」などをあえて文末に書く必要がないと言っています。
一方、TKさんは、絶対的なルールとして言えば「思う」を使うことは全く問題はないがそれを多用すると説得力のない小論文となるので、文章テクニック上は最低限の使用にとどめた方がいいと言っています。
このように、便宜上、私はこのお二方の意見を「使ってはダメ」派と「使っていい」派に分けましたが、最終的にはどちらも同じことを言っているのです。ここまでに出たご意見をまとめるとこういうことになります。
「思う」は使ってもいいが、いたずらに多用すると説得力に欠ける小論文となるため、使い方と頻度には注意しよう!
「小論文では『思う』という文末表現はダメ?」という言説をめぐる問題、これで一応決着しましたか?(笑)
(小論文作成のためのサイトマップ)
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