夏休みの自由研究に頭を悩ます保護者様に知ってほしいこと【夏休み企画】
更新日:2026/07/29
夏の自由研究を将来につなげない手はない
小学生のお子さんを持つ保護者の方にはなかなか悩ましい季節になりましたね。そうです、「夏の自由研究」です。私も遠い記憶の中にあることですが、小4か小5のことでしょうか、夏の暑い日に神奈川県は鎌倉に行き神社仏閣を巡って、その地域の神社仏閣について調べてレポートにまとめたことがありました。あれも今にして覚えば親が決めて段取りを全て考えてやっていたことなのでしょう。自由研究のテーマをどうするか? それを決めるのはなかなかお子さん一人では難しい……しかも夏休みの期間だって限りがある……そこで結局保護者の方が決めて準備してしまう……。その子の年齢にもよりますが、多少なりとも親の手助けが必要となるのはやむを得ません。ですから、お仕事もお忙しい中、保護者の方のご苦労もいかばかりかと推測します。しかし、どんな自由研究をする(させる)にしても、今年の夏休みの自由研究に取り組む上でちょっと保護者の方にはこんなことを知ってほしい、と私は今思っています。それがこの記事を書いた趣旨です。
それは「その自由研究を将来につなげて考えてみませんか?」ということです。「いやいや、そんなことを言われても手近の『今やらせる宿題や自由研究のこと』で手いっぱい。そんな遠い未来のことは考えられない」とおっしゃる保護者の方も多くいらっしゃるかと思います。そう、とにかく手をつけないことには宿題も自由研究も終わりません。そんな先の将来のことを考えて今やらせる自由研究のことを考える余裕なんてないのかもしれません。でも、私には少しだけ気になることがあるんですよね。これを是非、現在小学校のお子さん(特に低中学年)のいらっしゃる保護者の方へお伝えしたいと思いました。ふだん、私は中学生や高校生に受験対策として作文や小論文の添削指導をしています。また、その指導に関することをこのnoteでは記事にまとめて発信しています。ですから、小学校低中学年のお子様のいる保護者の方とはこのnote上では「はじめまして」だったりするかもしれません。私は小学生の指導はふだんしていませんからね。しかし、これはちょっと小学生のお子さんのいる親御さんに話をしたいと思い、この記事をまとめてみることにしました。
(私〆野はこういう者です)
まずはこちらの新聞記事をご覧ください。
(総合「学習」を「探究」に、小中学校も名称変更へ 次期学習指導要領)
上の日経新聞の記事によると、次期学習指導要領を検討する中央教育審議会の作業部会において文科省が小中学校の「総合的な学習の時間」の名称を高校と同じ「総合的な探究の時間」に統一する方針を示した、と報じています。通称「総合の時間」と呼ばれる授業、今現在は小中では「総合的な学習の時間」、高校では「総合的な探究の時間」という名称なのですが、これを小中でも「総合的な探究の時間」という名称にすることにしたということです。なお、これは次期指導要領として、2030年度の小学校から順次実施される見通しとのことです(ですから、こちらの記事は小学校低中学年のお子さんをお持ちの保護者の方に対して書いています)。
「何だ、名前が変わるのか」、いえいえそれだけの簡単な話ではありません。実はかつて高校で行われていた「総合の時間」も「総合的な学習の時間」でした。それが「総合的な探究の時間」と変わったのです。これは単なる授業の名称変更ではありませんでした。それは、この「総合の時間」に取り組む学習の姿勢とあり方を抜本的に変えるものだったのです。
ちょっと難しいお話しになるのですが、高等学校学習指導要領(平成30年告示)解説総合的な探究の時間編ではそれまでの「総合的な学習の時間」と「総合的な探究の時間」との違いをそれぞれの「第1の目標」を比較することで説明しています。
(高等学校学習指導要領(平成30年告示)解説総合的な探究の時間編)
それによると、「総合的な学習の時間」で「よりよく課題を解決し、自己の生き方を考えていく」となっているところが「総合的な探究の時間」では「自己の在り方生き方を考えながら、よりよく課題を発見し解決していく」となっています。これは、一見すると似たようなことを言っていますが「想定される学習の順序」が違います。前者では「『課題の解決』→『自己の生き方を考える』」ですが、後者では「『自己の在り方生き方を考える』→『課題の発見と解決』」となっているのです。何を前提として何を学びどのように取り組むのか、それが逆になっているのです。
両者の違いは,生徒の発達の段階において求められる探究の姿と関わっており,課題と自分自身との関係で考えることができる。総合的な学習の時間は,課題を解決することで自己の生き方を考えていく学びであるのに対して,総合的な探究の時間は,自己の在り方生き方と一体的で不可分な課題を自ら発見し,解決していくような学びを展開していく。
つまり、「総合的な探究の時間」では、ある課題を解決した結果として自己の生き方が考えられていくのではなく、自己の在り方や生き方を考えた上で課題の発見や解決に取り組むようにさせたいという意図があるということが、ここからはわかります。これは、自己の在り方生き方といったいわば「キャリア形成」を前提とした探究学習を目指しているのです。
ということは、小中の「総合的な学習の時間」から高校と同じ「総合的な探究の時間」への名称変更は、小中の総合の時間で行われるいろいろな調べ学習も高校と同様にこうした意図のもとに置きたいということを意味します。すなわち、小中高とつながったキャリア教育の線上で探究活動を行わせたいという文科省の意志表明が、このニュースの伝えるところなのです。2022年度からこの「総合的な探究の時間」は高校で始まっていますが、現状そうした意図が薄れてしまい「よりよく課題を発見し解決する」ことのみにクローズアップされているという問題も指摘されていました。今回の名称変更は、こうした指摘を受けてのことだと考えられます。
つまり、これからの小中高で行われるさまざまな探究活動はキャリア教育の一環として行われるものであり、ここから、小中で課される「夏の自由研究」もそうしたものの一つとしてとらえるのが今後は妥当であると言えます。こうした観点から、「夏の自由研究」に対しても、ただ当座でお子さんが取り組みやすいものを安易に選択するのではなく、そうしたお子さんの先々の中高の学習やキャリア教育に接続していくものとして考えて取り組ませる方がお子さんの後々の学習の成果(志望大学の合格及び適切なキャリア選択)につながりやすいと言えるのです。先ほど申し上げた「その自由研究を将来につなげて考えてみませんか?」とは、こうした意図からでした。
総合「学習」から「探究」へ~キャリア・パスポートと共に小中高と一本化される探究ロード~
総合「学習」を「探究」に変えることで、小中高と続く一本の「キャリア教育としての探究ロード」にするというこの文科省の構想は、すでに「キャリア・パスポート」の導入に現れていました。キャリア・パスポートとは、小中高を通して行われるキャリア教育に関する活動についての学びのプロセスを児童・生徒自身で記述し、またその記録を振り返ることができる教材のことです。いわばポートフォリオです。これは2020年度から全国の小学校、中学校、高校で導入・開始されました。
「キャリア・パスポート」とは,児童生徒が,小学校から高等学校までのキャリア教育に関わる諸活動について,特別活動の学級活動及びホームルーム活動を中心として,各教科等と往還し,自らの学習状況やキャリア形成を見通したり振り返ったりしながら,自身の変容や成長を自己評価できるよう工夫されたポートフォリオのことである。
(「キャリア・パスポート」の様式例と指導上の留意事項)
今までの進路指導はいわゆる「出口指導」で次の進学先や就職希望先に向かう直前になされる断続的な指導でした。このキャリア・パスポート導入の背景にあるキャリア教育やその指導は持続的なものを想定しています。小中高の12年間で、その児童及び生徒がどのようにキャリアを形成していくのかを継続的に見ていくものです。キャリア・パスポートはそれを可能にするツールとして期待され導入されました。当然こうした流れの上に、今回の小中の「総合」の時間の名称変更もあると言えます。ですから、これからの小中高の探究活動はただ課題を発見し探究するだけものなのではなく、将来の自分の在り方や生き方を想定した前提のもとで行われる取り組みであり、またそれは「総合的な探究の時間」内で行われるものだけではなく、課外活動や校外活動としての探究活動をも含む想定であると言えます。繰り返しになりますが、そうした教育的必要性のもとで課されている「夏の自由研究」も当然そういった探究活動の一つであり、だからこそ、「その自由研究を将来につなげて考えてみよう」とここでおすすめしているわけです。
将来の布石になるような自由研究を
とはいえ、小学校低中学年の子の将来をこの夏にフィックス(固定)してしまうのはあまりにも現実味のない話です。将来どのような仕事に就きどのようなキャリアを形成するのか、そうした将来を確定的に考えてしまうには時期的にまだ早いと言えます。しかしながら、将来の進路決定のきっかけや萌芽となるような、そんな機会を、将来のために多く用意してあげられるとよいでしょう。そして、「夏の自由研究」もそうしたきっかけの一つになることが望ましいです。
私はふだん多くの高校生の志望理由書の添削指導をしています。そうした私の立場から言えることは、できれば「小学生のときから、お子さんの中に多くの興味や関心の対象を作ってあげていただきたい」ということです。興味や関心の対象は後々の進路決定や職業決定の「種」になるものです。やはり、小さいころにこうした「種」をしっかり持って、そしてそれを育んでこれた高校生は適切に志望先や就職希望先を選択できていると、私は多くの志望理由書を見ていて思います。逆に、そうした「種」をうまく見つけられずに育めなかった高校生の志望理由書は近視眼的で思いつきで書いているような内容になってしまっていることが多いようです。志望理由書を書けと言われてとっさに考えてこしらえた「その場しのぎ」のものとなっていることが多いように感じます。
多くの教育専門家や教育系ジャーナリストが言っているように、これに対して特別な経験や体験は必要ありません。中には、「体験格差」という言葉が持ち出し、志望理由書や自己推薦書に書けるような、海外留学などの「特別な体験」を与えようという考えのもとで高額な授業料をとる一部の「総合型選抜対策塾」があると聞きます。しかし、私も、他の子どもができない希少性や意外性のある体験をさせること自体が、志望理由書や自己推薦書が課される総合型選抜の対策に必要だとは思いません。大切なことは、小さいときから知的好奇心を育むような生活を送ってきたかどうかです。そして、そうした経験のもとで、興味や関心の対象という「種」を見つけられたかどうかです。それは一般的な家庭のふだんの生活でもできることです。子どもにとっては、身近な日常に広がる全ての出来事が「スペシャルな体験」だからです
「夏の自由研究」だってそうした「スペシャルな体験」になりえます。夏に一生懸命取り組んだ調べものや実験といった小学生のときの思い出が、将来大学に進学し研究者を志すきっかけになったということだってあるわけです。ですから、そんな将来の布石になるような夏の自由研究をお子さんにしてあげられることを、私は願っています。できるなら、この機会にお子さんが興味や関心を持っていることをお子さんから聞いてみて、それをもとに自由研究に何をやるかをいっしょに考えてみるのもいいかもしれません。この夏に、お子さんの将来につながる「種」が見つかることを、私は願ってやみません。
(引用資料)
日本経済新聞
文部科学省
小学校の自由研究で学んだことが将来高校での探究活動につながることもありえます。そして、その流れの中で自分の将来や進路を考えることができていれば、それは将来、大学受験において有効な推薦系選抜(学校推薦型選抜・総合型選抜)の対策につながっていきます。いまや、合格者の大半以上、志望理由書などが課される推薦系選抜での合格者です(※私立の場合)。その夏の自由研究の経験が将来に探究活動や受験対策に生きて、目指す志望校の合格を手にすることだってありえるのです。
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