昭和天皇、終戦の御聖断
「御聖断」という言葉を聞いたことがありますか?
御聖断とは、天皇陛下が国家に関する重大な問題について、ご意見やご決定を下されることです。
本年は終戦80年。80年前の大東亜戦争(太平洋戦争)は、実は昭和天皇の御聖断によって終結しました。
政府と軍で、終戦に関する議論を主に行っていたのは、「最高戦争指導会議」のメンバー。
総理大臣、外務大臣、陸軍大臣、海軍大臣、陸軍の参謀総長と海軍の軍令部総長の6人です。
会議における主張は、
◯終戦派:鈴木貫太郎総理大臣、東郷茂徳外務大臣、米内光政海軍大臣
◯抗戦派:阿南惟幾陸軍大臣、津美治郎参謀総長、豊田副武軍令部総長
と二つに分かれ、お互いに譲らず、結論が出ませんでした。
そこで、天皇陛下に会議へのご出席をいただき、御聖断を仰ぐこととなったのです(=御前会議)。
8月9日深夜、場所は皇居の地下防空壕。
「私の意見は、ポツダム宣言を受け入れるという外務大臣の意見に同意である」
昭和天皇は”国体護持(天皇を中心とした国づくり)を条件に、ポツダム宣言を受諾する旨を仰せになり、そのことが会議で決定したのでした。
そして8月14日、二回目の御前会議で昭和天皇は次のように仰せられました。
「これ以上戦争を続けては日本が焦土となり、万民をこれ以上苦しませることは私としてじつに忍び難い。ご先祖様の霊にお応えできない。 日本がまったく無くなるという結果にくらべて、少しでも種子が残りさえすればさらにまた復興という光明も考えられる。耐え難きを耐え、忍び難きを忍び、国民みなと協力して、将来の回復に立ち直りたいと思う」
昭和20年8月15日、日本が敗戦した直後、昭和天皇はこのような御製(和歌)をお詠みになりました。
爆撃にたふれゆく民の上をおもひいくさとめけり身はいかならむとも
(戦争の爆撃によって死んでいく国民のことを思い戦争を終わらせた。自分の身はどうなってもかまわない)
昭和天皇の命懸けのご決断によって、戦争は終結したのでした。
