いきなり、秋になった。
「いきなり、秋になった。……風の香りが、夏のものではなかった。肌に感じるさわやかさは、完全に、秋のものだった。」
この一節は、片岡義男の小説『彼のオートバイ、彼女の島』で、季節の移ろいを印象的に表現した言葉として知られている。
私はこれまで、夏から秋への変化は少しずつ訪れるものだと思っていた。毎日わずかに気温が下がり、気がつけば秋になっている。そんなものだと考えていた。
昨夜の天気予報によれば、茨城県南部に上陸した台風15号は、明け方に我が家の上空を通過し、熱帯低気圧に変わるとされていた。
実際、その予報どおりに台風は過ぎ去っていった。
朝、窓を開ける。
すると、昨日までの蒸し暑い空気とはまったく違う、乾いた涼しい風が部屋の中を通り抜けた。ひんやりとした空気に触れた瞬間、私は思わず「秋だ」とつぶやいた。
そして、ふと片岡義男のあの一節を思い出した。
なるほど、そういうことだったんだ。
夏は少しずつ終わるのではない。ある朝、突然終わることがある。そして秋は、唐突に始まることがある。
そのことを、心と体で理解した。
また、この小説の表紙には、片岡義男自身によるこんなコピーが掲げられている。
「夏は単なる季節ではない。それは心の状態だ」
数日前、昨年末に亡くなった母の初盆を猛暑のなかで迎えた。悲しみが消えたわけではない。しかし、どこかで一区切りついたような感覚があった。
朝の風に夏の終わりをはっきりと感じ取れたのは、私自身の「心の状態」が、ひとつの区切りを終え、新たな歩みを踏み出そうとしているからかもしれない。
窓から吹き込む秋の風に包まれながら、過ぎ去った夏を少しだけ懐かしく思う。
そしてもう一度、あの小説を開いてみよう。
片岡義男『彼のオートバイ、彼女の島』は青空文庫で読むことができます。
