部下成長#7 どれだけ向き合っても、部下は辞める — 成長と退職の関係から見えた、リーダーの限界とは —
「リーダー、話があります」
そう言って差し出された一枚の紙は、辞表だった。
「一身上の都合により——」
私は、どこかで思っていた。自分の下では、部下は辞めないと。
その一枚は、その前提を崩すには十分だった。
その言葉を、自分が受け取る側になるとは思っていなかった。
私はこれまで、部下だった頃から含めて、
自分のいる組織で“人が辞める”場面をほとんど経験してこなかった。
だから正直に言うと、
「自分の下では辞めない」と、どこかで思っていた。
私が異動した後に辞めた部下や、
別の部署に移った後に辞めた元部下はいた。
それでも——
「この環境から離れたい」と、
自分に直接伝えられる日は来ないと思っていた。
だが、その日が来た。
どれだけ向き合っても、
どれだけ伴走しても、
それでも人は、辞めるときは辞める。
そしてそのとき、初めて気づいた。
リーダーには、“超えられない限界”がある。
■見えてきた、リーダーとしての限界
私が5部署でリーダーとして渡り歩き、私が直接関わり、
結果として辞めていった部下は2人です。
ただし、視野を広げると、
私のグループから他部署へ異動した後に辞めた者や、
私自身が異動した後に辞めていった元部下も、何人かいました。
さらに、他グループのメンバーが辞めていく場面も、数多く見てきました。
そうした経験の中で、私はある限界に気づきます。
「伴走すれば、人は変わる」
そう信じてきたマネジメントにも、
どうしても越えられない壁があるということです。
ここでは、その限界を教えてくれた2人の部下についてお話しします。
■1人目:優秀だったが、“組織に馴染めなかった人”
その部下は、中途入社でした。
前向きで、バイタリティがあり、
自ら仕事を取りに行くタイプ。提案も多く、頭の回転も速い。
コミュニケーション能力も高く、第一印象は非常に良い人材でした。
実際、入社当初は期待していました。
しかし、時間が経つにつれて、違和感が出てきます。
組織として動くことが、どうも苦手だったのです。
自分の考えや信念を強く持っているがゆえに、
ルールや慣習に従うことに強い抵抗を示すようになりました。
私のいた組織は、コンプライアンスやルールに厳しい環境です。
その中で、彼の“強み”は、徐々に“ズレ”へと変わっていきました。
最初に見えていた積極性は影を潜め、
次第に人の意見に耳を貸さなくなり、
仕事への向き合い方も明らかに変わっていきました。
私は、伴走しながら何度も対話を重ねました。
時には指導し、時には厳しく伝えることもありました。
しかし、それでも届きませんでした。
そして彼は、辞めていきました。
その後、在職中に取得していた資格を活かし、
独立という道を選びました。
今振り返ると、彼は「間違っていた」のではなく、
「この組織に合っていなかった」だけだったのだと思います。
■2人目:組織には馴染むが、“仕事に興味がなかった人”
もう1人は、まったく違うタイプでした。
人当たりが良く、周囲との関係構築も上手い。
イベントの企画が好きで、忘年会や社内企画などを積極的に動かす、
いわゆる“場を明るくする存在”でした。
当初は、「組織にフィットする良い人材だ」と感じていました。
しかし、仕事においては、別の顔が見えてきます。
何か課題を任せると、まず出てくるのは「できない理由」。
言い訳が先に立ち、最後までやり切る姿勢が弱い。
仕事よりも、イベントや人間関係に意識が向いているように見えました。
評価としては、どうしても高くはつけられませんでした。
その結果が伝わったとき、彼は会社を辞める選択をしました。
印象的だったのは、お客様からのクレーム対応の場面です。
明らかに本人に原因がある内容にもかかわらず、
「自分は悪くない」という姿勢を崩さず、
私が謝罪に行っている横で、
どこか他人事のように振る舞っていました。
彼は組織には馴染んでいました。
しかし、仕事そのものには向き合っていなかったのだと思います。
■共通点:成長が止まる部下に共通する“ズレ”
この2人は、対照的に見えて、共通点がありました。
1人は「組織に合わない」
もう1人は「仕事に興味がない」
一見まったく異なる理由に見えますが、
結果として起きていたことは同じです。
それは、成長が止まっていたということです。
組織の中で成長するためには、
その環境で求められる前提に乗る必要があります。
しかし、
組織に適応できない人は、行動が噛み合わず、
仕事に興味が持てない人は、そもそも前に進もうとしない。
どちらの場合も、努力の方向が合わず、
結果として成長の循環に入ることができません。
そして私は、この2人を通じて実感しました。
どれだけ伴走しても、
その人の“前提”が噛み合っていなければ、
成長を促すことはできても、
成長させ続けることはできない。
それが、リーダーの限界です。
■3人目:成長の先に、“次を選んだ人”
もう一つ、少し違うパターンがあります。
新入社員として入社し、私の元を離れて別部署へ異動した後に辞めた部下の話です。
彼は、いわゆる「優秀な人材」でした。
能力はもちろん、人柄も良く、
若いながらも落ち着いていて、周囲からの信頼も厚い。
ネガティブな発言はほとんどせず、
どの部署でも「できる人」として評価される存在でした。
異動先でも、その評価は変わらなかったと聞いています。
だからこそ、その連絡は意外でした。
ある日、彼から私に連絡が入りました。
「会社を辞めようと思っています」
理由を聞くと、こう言いました。
「会社や仕事が嫌になったわけではありません。
やりたいことがあって、そちらに挑戦したいんです」
この言葉自体は、珍しいものではありません。
しかし多くの場合、その裏には不満や逃避が隠れています。
ですが、彼は違いました。
迷いではなく、意思として。
不満ではなく、選択として。
はっきりと、自分の次を見据えていました。
私は、その決断を止めませんでした。
むしろ、その方がいいと感じ、背中を押しました。
おそらく彼にとって、この会社は間違いではなかった。
ただ、次に進むには、ここでは足りなくなったのだと思います。
そして振り返ると、私はどこかで分かっていました。
彼のような人材は、いずれ外に出ていく。
よく「優秀な人ほど辞める」と言われます。
それは、
不満で辞めるのではなく、前に進むために辞める人がいる、ということでもあります。
成長のスピードが、その会社で得られる機会や役割を超えたとき、
人は自然と「次」を選ぶようになります。
つまり、
人が辞めるのは、限界に達したときだけではない。
成長が、その場所を超えたときにも起きるのです。
だからこそ、リーダーの役割は、引き止めることではなく、
その成長がどこへ向かうのかを見極めることなのだと思います。
■成長と退職は切り離せない時代へ
ここまで、3つの辞め方のパターンを見てきました。
もちろん、部下が辞める理由はこれだけではありません。
もしかすると、私のマネジメントが伴走型ではなく、
部下成長#6で触れた別のリーダータイプであれば、
辞めなかった部下もいたのかもしれません。
ただ、それでも思うのです。
いずれ、その部下は辞めるという選択をしていたのではないか
と感じています。
なぜなら、これまで多くの辞めた部下を見てきた中で、
共通していることがあるからです。
それは、
対人関係、仕事、会社との“何かしらのズレ”が必ず生じるということです。
そしてそのズレが大きくなったとき、
リーダーができることには、限界が訪れます。
こうした個人の選択は、
今や組織の中だけの話ではなくなってきています。
厚生労働省は、令和8年度から令和12年度までの5年間にわたる
「第12次職業能力開発基本計画」を策定しています。
この計画では、
・成長分野や人手不足分野への労働移動の促進
・職業能力開発によるスキル獲得支援
・公的職業紹介やリカレント教育、OJTの組み合わせによる支援
といった方向性が示されています。
つまり、
個人が成長し続けるために、環境を移ることも含めて支援していく
という考え方が前提になりつつある、ということです。
これまでのように、
「一つの会社の中で成長し続ける」だけではなく、
自分の成長のために、どこで何をするかを
主体的に選ぶ時代になってきています。
部下は、あなたがどれだけ向き合っても、
辞めるときは辞めます。
リーダーは、部下の人生までは背負えません。背負うべきでもありません。
だからこそ、これからのリーダーには、
「辞めさせないこと」ではなく、
その人の成長がどこに向かっているのかを見極めること
そしてもう1つ。
その選択を受け入れる覚悟です。
部下の成長は、必ずしも組織の中に留まるとは限りません。
その前提に立ったとき、
リーダーの役割もまた、変わっていくのだと思います。
この内容は「部下成長シリーズ」として
マガジンにまとめています。
▶ 部下成長シリーズ一覧はこちら
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