米国の音楽家ユニオンについて
先日テネシー州ナッシュビル市にてレコーディングをしていたところ、そこのプロダクション創業者とユニオンの話について大いに盛り上がりました。
ユニオンに関しては、おそらく日本人の中ではかなり特殊な経験をしてきたので、前の記事でも少し言及したものを更に詳しく書いていきたいと思います。
ユニオンの概要
アメリカに拠点を置く音楽家協会のことを、American Federation of Musicians(通称AFM、もしくはUnion)と呼びます。
アメリカ・カナダ全土で約140箇所に事務所を構えており、それぞれにLocal ## という呼称があります。##に入るのは数字で、設立した順番で数字が割り当てられています。最も古いLocal 1はシンシナティ市、設立年は1896年です。
僕の住んでいるボストンにあるのは、Local 9-535。元々はLocal 9と535で分かれていたものが合体して横線が入りました。シカゴやデトロイトも同様。AFMはカナダにも拠点があるため、正式名称はAmerican Federation of Musicians of the United States and Canada。何故かいつもカナダは省略されます。
ユニオンの歴史
AFMは1896年に設立されたミュージシャンの労働組合で、当初はライブ演奏中心の時代における不安定な賃金や労働環境を改善するために生まれ、地域ごとのローカル支部を通じて業界全体の基盤を整えてきました。
その後、録音や放送の普及による仕事環境の変化に対応し、1940年代の録音禁止ストライキなどを経て録音使用料や最低賃金といった制度を確立し、現在の映画・テレビ・ゲーム音楽における契約や報酬体系にも大きな影響を与え続けています。
メンバーシップ
AFMに加入するには、基本的に自分が拠点とする地域のローカル支部に申請を行います。入会には初期費用(入会金)と年会費が必要で、金額はローカルごとに異なります。
また、すでにプロとして活動していること(演奏実績など)が前提になるケースが多く、場合によっては既存メンバーからの推薦や、ユニオン案件への参加をきっかけに加入することもあります。
メンバーではないと受けられない仕事があるため、そういった仕事を求めるのであれば加入は必須になります。主に、NYブロードウェイでの演奏、ハリウッドでのサントラ録音、オーケストラ楽団の演奏、などが該当します。
ユニオン仕事のルール
AFMの大きな特徴は、仕事ごとに明確なルールと最低基準(スケール)が定められている点です。
レコーディングやリハーサルには、最低金額と時間単位の区切りがあり、それを超えるとオーバータイムが発生します。さらに、休憩時間やダブルセッション、深夜帯の追加料金なども細かく定義されており、現場ではこれらを管理するためにコントラクターやユニオン担当者が関わることもあります。
映画・テレビ・ゲームなどの録音案件では、演奏が後に使用される場合に備えて再使用料(リユース)や残存報酬が発生する仕組みも整っており、単発のギャラにとどまらない収入構造が設計されています。
ノンユニオン
Non-Unionとは、制作側とミュージシャンが直接契約を結ぶ「ユニオンではない」仕事のことを指します。報酬や条件は交渉次第。いわゆる一般的なフリーランスの仕事と同じ形態です。
「Right-to-Work State」の存在
アメリカには「Right-to-Work State」と呼ばれる州があり、これは労働組合への加入や組合費の支払いを雇用の条件として強制できないという法律を持つ州のことを指します。
Right-to-Work州では、ユニオンに所属していないミュージシャンでもユニオン案件に関わることが可能なケースがあります。逆にユニオンの人がノンユニオンの仕事を取っても問題ありません。
制作側にとっては人材の選択肢が広がるという側面もあり、コストや柔軟性の観点からはメリットと捉えられることもあります。近年アメリカの大作映画・ゲームのレコーディングがナッシュビルで多く行われている背景には、テネシー州がRight-to-Work Stateであることも一因とされています。
とは言っても、ユニオン自体はRight-to-Work州にも存在するため、注意や嫌がらせはされたりします。
「Dark Dates」とは
建前上は、メンバーはノンユニオンの仕事は受けてはいけない、ということになっています。しかし僕の知っている殆どがそのルールを守っていません。
ユニオンの条件を満たさない仕事のことを、業界用語で「Dark Dates」と言います。それをやっているのがユニオンにバレると、ローカルの偉い人からお叱りを受けます。
バレる理由は他のメンバーからの通報が主です。守秘義務に署名してレコーディングは楽しくやるのに、契約書のコピーをユニオンに渡したりする人もいます。守秘義務とは一体。
ブラックリスト
AFMにあまりに嫌われてしまうと、公式サイトの「International Unfair List」に名前が出ることになります。要はブラックリストです。晴れてリストに載ると、以下の様なことが起きます。
(これはあくまで個人的な経験および見聞に基づく内容です)
メンバーへのニュースレターに掲載
ユニオンメンバーには、月一などの頻度で公式ニュースレターが送付されます。その中に名指しで「Do not work with ________ 」と、ゴシップ誌顔負けのことを書かれます。
「こいつはレートより圧倒的に低い金額でしか演奏家を雇わない」「音楽家を見下してる」「パワハラしてくる」「ユニオンへ凄まじい額の未払い金がある」「共和党が強い州にいるからLGBTQ奏者を差別する」など、もし本当ならそもそも社会的に炎上してるような内容を平気で書いてきます。
抗議活動を行う人達が会場入口に来る
上記のようなことが特大フォントで書かれたビラを配る人達が会場入口に来ます。コンサートが始まるとあっさりいなくなりますが。
知り合いのコンサートプロデューサーがブラックリストされた際、当時のユニオン会長がその人のコンサートに来たことがあります。お互いの顔が10cmくらいの距離で罵り合ってる一触即発動画が話題になりました。
レコーディングスタジオに通達
大手レコーディングスタジオに、こいつと仕事したら今後ユニオンとやり辛くなるよ?的な通達をしてきます。これを執拗にやられて廃業した方がロサンゼルスにいました。
ユニオンの偉い人から直電が来る
これは僕の実体験です。知らない番号から電話が来たので出てみると、開口一番「俺が誰だか分かるか」と言われ、正直かなり強めのトーンで今後の活動に影響が出る可能性について言及されました。
今思い返しても、なかなかインパクトのある体験でした。
抗議行動で何を達成したいのか
ユニオンにとって最も重要なのは、業界全体の労働条件や報酬水準を維持すること。そのため、ユニオンのルールに従わない案件や前例が増えてしまうと、結果的に最低賃金や契約条件が崩れ、メンバー全体の利益に影響が及びます。
組織としての交渉力やルールの実効性を保つため、抗議行動を行っている、ということです。
おわりに
ユニオンと関わることになった当初は理不尽だと感じることもありましたが、業界全体の労働環境や報酬水準を守るという明確な目的がある、という理念は尊重できますし、その存在も重要だと感じています。
ユニオンを理解して良好な関係を保てば、不要な摩擦が生じることもなく、平和にコンサートやレコーディングを行うことができます。
何故ここまで詳しいのかと言うと、おそらく日本人で唯一ブラックリスト掲載経験があるから。僕の場合は仕事にほぼ影響ありませんでしたが、現在は和解してリストからも名前が消えています。
もしユニオン周りで悩んでいる方は気軽にご連絡ください。
