尖山に呼ばれた話(後編)
11月3日に、富山県立山町で白雪農園さんが主催する「立山農芸祭25」が行われたが、わたしはそこにわたしが編集している風の時代の文芸誌「縄文文芸」で初出店した。またその音楽ステージに、息子とその友人がbouzraveという名前で登場したが、これは以前の記事で語らなかったミラクルが実現したものである。https://note.com/shoshiginga/n/nf7a2ad3dfa92
さてその「立山農芸祭25」の前日、わたしは導かれるようにして尖山に行き、「1203」ナンバーの車と5台連続ですれ違い、時空が歪んだような登山をしてきたのだが、問題は「立山農芸祭25」当日である。いや、別に祭りに問題があったわけではないのだが、結果として前日に尖山登山をした意味がわかったという話である。
本来なら「立山農芸祭」は、白雪農園さんの白雪牧場で行われるはずだったのだが、雨天のため複数会場での開催となった。音楽ステージはグリンパル吉峰(https://www.yoshimine.or.jp/?page_id=70)、体験と物販がカフェ巣巣(https://www.susu.co.jp)と宿坊立山、飲食はそれぞれの会場に割り振られ、「縄文文芸」は宿坊立山となった。

音楽ステージに出る長男と友人とグリンパル吉峰に送り届け、わたしは宿坊立山で「縄文文芸」の出店準備をした。「縄文文芸」の仲間である富山在住の山本さんが手伝いに来て、テーブルと椅子を用意してくれた。もうすぐ「縄文文芸」創刊号が刊行されるので、創刊準備号での出店はこれで最後である。サンプルとして渡している抜粋版も、創刊号の抜粋版が出来上がってくる予定なので、どんどん配ってしまうことにする。
まずはおなじ出店仲間のみなさんにお渡しして、どんなことをやっているのかを知ってもらおうとすると、初めて会った人たちなのにもうこちらのことを知っていたりする。山本さんの友人や知人もいるし、その日は用が入っていて参加できなかった「縄文文芸」仲間の海老美奈子さんの知り合いもいる。噂話で「縄文文芸」の母体となった新地球クラブを主催していた、富山在住の荒井さんの話題も出る。そういうコミュニティなのである。

11時になると、お客さんが次々と入ってくる。体験と物販が行われているのは古民家の広い座敷なのだが、ベーグルを売っている人やCS60で波動調整を行う人、アートの実践をしている人がいて、ヘナ染めやチャイのお店があって、座敷手前の板の間ではスリランカカレーとスパイスご飯を売っている。こういうマルシェやお祭りでは、だいたいどこに行っても文芸誌というのは珍しがられるのだが、珍しいから売れるというわけではない。もちろんまったく売れないというわけでもないが、食べ物や衣服と違って文学作品は生活必需品ではないから(生活必需品だという人もいるだろうが)、優先順位は押してはかるべしなのである。そんなわけで、生活必需品としてもらえるような文芸誌の編集を目指すしかないですね。
さて昼近くになると、昨日尖山に登る原因となった弟とスピ系店長がラーメン店の仕事を休みにしたらしく、グリンパル吉峰で長男と友人のステージを見たあと店を冷やかしにきた。尖山まで半ば強制的に行かされた話をしたが、どうやらその日は世界線の移動があったらしい。証拠と言えそうな事例も確認できたのだが、ここでは割愛しよう。ともあれ昨日は、一昨日の夜にわたしと長男が山に登りたいと言っていた世界線と、どこかで混線してしまったようである。そんな話をしていても、だれも驚いた顔をしていない「立山農芸祭25」なのだった。
カレーとスパイスご飯がどんどん売れていく勢いを見ていると、文芸誌にカレーの匂いを付けるべきかなどと考えてしまうが、14時過ぎには両方とも売り切れたらしく、お店を片付けてしまった。少し閑散としてきたなと思っていたら、グリンパル吉峰での出番を終えた音楽ユニット「ハルモニア」(声、太鼓、ディジュリドゥの即興演奏)さんたちが来てくれて、その場で演奏がはじまった。

声も太鼓もとてもよいのだが、もともとアボリジニの楽器であるらしいディジュリドゥが素晴らしい響きで演奏を包んでいて、心地よい周波数で全身が調整されるせいか、なんだか眠くなってくる。素晴らしい演奏で眠くなるというのは、実はクラシックのコンサートでもよく起きることだけど、眠くなったら我慢しないで寝てしまっていいと思う。寝ていても聴覚は生きているので、わたしたちは音楽を聴いているのである。
そんなこんなでそろそろ片付けようかと思ったが、一緒にお店を出していた山本さんがグリンパル吉峰の方に行っていたこともあり、いつの間にか隣で出店をしていた「占い」の伝授をしていた男性と雑談をしようと思ったところ、驚くような会話を交わすことになったのである。
男性は富山在住のかどさんという人で、前夜祭で登場した自然栽培農家の廣和仁さんとも画家・小説家・歌手のAKIRAさんとも顔見知りらしく、いろいろ興味深い話をしてくれたのだが、まず目についたのが、昨日わたしたちが飲んだばかりの尖山の水を汲んできて、重曹とクエン酸を溶かして人に勧めていたことである。それで「ちょうど昨日、尖山に登って飲んできましたよ。とても美味しい水ですね」と言うと、驚いたような顔をして、かどさんはよく知ってますねと返してきた。
なんでも、かどさんは宗源さんという人が書いた『山窩直系子孫が明かす【超裏歴史】』(ヒカルランド)という本を読んでいたら、そこに尖山に住んでいたというシャーマンの話が出てきて、それで尖山に水が出ているこを知ったというのである。
しかも、それまで8回ほど尖山には登ったことがあるが、水が出ているのにはまったく気づかなかったらしい。要するに本で読んで知って、水が出ていることを認識したら見えるようになったというのだが、尖山には人によって見えたり見えなかったりする、そんな水場が存在するということである。

いやいやいやいや、そんなわけないでしょとわたしの常識は言うのだが、「1203」ナンバーの車を5台連続で見たり、記憶以上に長い帰り道を歩いたりしたわたしの身体は、そういうこともあるかもしれないなという気がしはじめている。すごく美味しい水なので、ひょっとしたら尖山に歓迎されていないと見えないのかもしれない。
かどさんはその水を飲んで、立山のイメージが変わったと言っていた。立山には厳しいイメージがあったのだが、その水はとても柔らかくてやさしい味がするので、これが立山の本質だと感じるようになったそうである。それぐらいインパクトのある水なのだが、だったらそういうことを受け止められる準備がない人には、尖山はそれを見せないのかもしれない。
その後、グリンパル吉峰の方に長男と友人を迎えに行ったのだが、AKIRAさんの音楽ステージが終わったばかりのところで、それを聞いていたスピ系店長にも会うことができた。それで尖山麓の水場は、人によっては見えなかったりするらしいという話をしたところ、そう言えば、自分も4回目ぐらいに尖山に登ったとき、帰り道でどんなに探しても見つからなかったことがあると言い出した。
昨日尖山に登って、その水を飲んできたばかりのわたしと長男と友人は、げらげら笑いながらその話を聞いていた。
人によって見えたり見えなかったりするだけでなく、おなじ人でも見えるときと見えないときがあるのが、富山のピラミッド尖山の麓にある水場である。この話は、昨日尖山に登ってなければ絶対に出来なかったし、その不思議さを味わうこともできなかったはずである。だから「立山農芸祭25」の宿坊立山で「たまたま」隣になったかどさんと出会って話し、その話をスピ系店長と共有することで、半ば強制的に尖山に呼ばれた意味がわかった。
これが前日に尖山に登った体験の、「立山農芸祭25」当日での答え合わせである。宇宙の采配と言うべきか宇宙人のイタズラと言うべきか、あるいはすべては単なる錯覚なのかもしれないが、興味のある方はぜひ富山の尖山に行ってみてください。
