<整形外科学の誤謬・その⑥>

■筋組織内の脱水
今から遡ること十数年前、自らも半信半疑でMedical Dynamic Stretching(以下MDSと省略)を用いた治療に取り組んでいましたが、効果の得られた症例ばかりではありませんでした。劇的に症状を緩和させてしまう場合もあれば、期待されたほど成果が得られないばかりか、時には症状を増悪させてしまう症例もあり、そのばらつきが何に起因するのかが、よく解らなかったのです。しかしながら、ある時、知人の腰痛を診察したことによって、筋肉の弛緩不全を解消するためには筋組織内に十分な水分が確保されていることが条件であるという事実に気づかされました。MDSの効果が乏しかったその知人は、無類のコーヒー好きである上に、水分摂取が少ない生活を送っていることを知っていたからです。

■慢性の脱水
通常、医学的には急性の脱水ばかりが問題にされます。何故ならそれは、循環血漿量を左右する、命に関わる血管内の脱水だからです。けれども、ここで問題にしているのは慢性的な脱水です。水分摂取量の多寡だけでなく、利尿作用の強い飲料の習慣的な過剰摂取や、常用薬の副作用によって引き起こされた慢性的な筋組織内の脱水が、筋肉の弛緩不全を誘発し、難治化をもたらす要因になると考えられました。問診の結果、MDSの効果が今一つだった症例は、水分摂取量が少ないのにカフェインを多飲する習慣のある、慢性的な脱水状態を呈した患者に偏っていたのです。そこで患者に飲水習慣の変更を促し、数日間をかけて慢性脱水の補正を行い、脱水から回復したキーマッスルにMDSを施すと、高率に成果が得られるようになりました。

■水分摂取の効用
特筆すべきは、慢性脱水を反映する筋組織内の脱水は、急性脱水を反映する血管内の脱水に比較して、その補正には時間がかかり、年齢によっても回復に時間差を生じたことでした。コンプライアンスにもよりますが、40歳で約一週間、70歳で二週間程度を要しました。また、患者に水分摂取の習慣を改めてもらうことで、頭痛や認知症、便秘や膀胱炎など、他科領域の疾患の改善も認められるようになりました。その一方、治療に難渋したのは、高血圧症をはじめ、循環器系に問題を抱えている患者でした。少しでも水分摂取が過剰となれば、それが健康を害する元になってしまうからです。

■筋組織内脱水の診断
因みに、慢性脱水の診断は、体重1kgあたり30mlの水分摂取量を基準として、問診と触診によって行いました。発汗量の多い環境に置かれた患者や授乳婦であれば、必要所要量を多めに考え、触診では第一肋間の圧痛の有無や硬さを診ました。慢性的な脱水状態では、その部位に圧痛や硬化が認められるからです。コーヒーや紅茶、緑茶などのカフェイン類やルイボスティーは、アルコールと並んで利尿作用が強く、水分摂取量に対してはマイナスで計算しました。

■線維筋痛症という病気
興味深いことに、慢性脱水が顕著な患者は皆、線維筋痛症の診断基準をも満たし、漠然とした背部痛をはじめ、多彩な愁訴を認めました。尤も、それらの愁訴は病初期でありさえすれば、水分摂取の習慣を変更して数日をおくだけで、容易に軽快してしまったのです。これが何を意味するかと言えば、線維筋痛症と呼ばれて恐れられている難病が、実は慢性脱水によって引き起こされた脳脊髄液減少症と全身の筋肉の弛緩不全である可能性が考えられるということです。但し、罹病期間が長期化して心療内科の薬が処方されていた症例では、脱水が改善されても、大脳がその変化を認識できなくなっているように見受けられました。

■アスリートの素質とは
この他に、年代を問わず重篤な慢性脱水状態でもMDSが劇的に奏功する症例を認めることがありました。そういう患者には大抵、国体出場やインターハイ出場など、アスリートとしての濃密な経験がありましたが、その一方で、少数ながら継続的な運動経験の全くない患者にも同様の現象が認められることがありました。これは筋肉の収縮と弛緩をコントロールする能力の高さが反映された結果であると考えられ、優れたアスリートとしての潜在的な資質を表しているのかも知れません。

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