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【煉獄のパールライト】16.ひとかけらの晩餐

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 しばらくして、太一は物々交換した彼女のことが気になり、その姿を探していた。交換した飴は、もうなめてしまったのだろうか。

 彼女の姿を見つけると、3人の子どもたちに、交換した飴を配っているところだった。親しさから見るに、子どもたちとは以前からの顔見知りのようだった。

 彼女が物々交換を申し出たのは、チョコを分け合うのが難しいからだろう。最初に飴を5個ほしいと言ったのは交渉術の一環で、本当の希望は4個だったのではないか。全員分を確保するつもりだったが、それが難しいと感じたので、自分の分はすぐさま諦めたのだろう。

 太一はそう推測して、自分のことしか考えていなかった己を少し恥じた。

「いちご、美味しい!」

「おれはメロン!」

 子どもたちが、嬉しそうに飴をなめ始めた。

「よかったね」

 彼女は、そんな子どもたちの頭を優しくなでていた。

 その表情には、うっすらと自責の念がにじんでいた。経緯は分からないが、この部屋にいるのだから、何かしらの後悔があるのだろう。

「いいなぁ……」

 飴をなめてはしゃぐ声を聞いて、他の子どもたちが集まってきた。小学校低学年くらいの子供たちが、おいしそうに飴をなめる様子を羨ましそうに眺めていた。

 ショートヘアの彼女は、困った顔をしていた。不憫に思っても、彼女にはどうすることもできないのだ。ふと、彼女の視線が泳ぎ、太一と目が合った。彼は逃げるように顔をそむけると、ぎゅっと目を閉じた。

 自分には関係ない、彼女は赤の他人だ。生き返る可能性を捨てたくなければ、子どもたちのことなど無視して当然なのだ。太一は心の中でそう念じたが、先ほどの彼女の悲しげな表情が、まぶたの裏に焼き付いて離れなかった。

 すると、ひとりの男の子が、我慢できなくなった様子で、太一の元にやってきた。

「飴ちょうだい!」

 その子はそう言って、あっさりと自分の珠を差し出した。太一はその無邪気な行動に驚き、思わず言わなくていいことを口にした。

「お前、分かってるのか。その珠は、貴重なんだ! これがあると、生き返れるかもしれないんだぞ!?」

 そう言われても、男の子は不思議そうに首を傾げていた。

「え〜、でも飴ほしい! 桃がいい。交換して!」

「ダメだ。お前にはまだ早い!」

 そんなよく分からない理由で、太一はその申し出を断った。幼い子どもから珠を巻き上げるようで、後ろめたさを感じたのだ。

「え〜、何で? 交換してくれるって、言ったじゃん!」

 その男の子は、少し泣きそうな顔でこちらを睨んでいた。

 自分は、何を躊躇ちゅうちょしていたのだろうか。相手が交換したいと言っているのだから、望みどおりにしてやればいいのだ。どうせ、こんな子が珠を集め切ることはできないだろう。ならば、自分が有効に使わせてもらって何が悪いというのか。

 太一は何度も自分にそう言い聞かせるのだが、一度感じた罪悪感を打ち消すことができなかった。

「ちょうだい! ちょうだい! 交換して!」

 男の子が騒いで、太一の足にしがみついてきた。

「あー。もう、しょうがねえな!」

 太一がそう言うと、男の子が目を輝かせて彼の顔を見た。その嬉しそうな顔を見て、太一は深いため息をついた。

「珠はいいから……。ひとつやる」

 諦めの表情で、渋々とピンクの小袋をその子に手渡した。

「ほんと! いいの!?」

 男の子はすぐに包みを開けて、嬉しそうに飴をなめ始めた。それを見ていた子どもたちが、一斉に太一の元に駆け寄ってきた。

「わたしにも、ちょうだい!」

「ほしい! いちごほしい!」

 こうなっては、もう収拾がつかなかった。子どもたちにまとわりつかれ、身動きが取れない太一は、さらに大きなため息をついた。

「分かったから。やるから! そんなに、引っ張らないでくれ……」


 太一は空になった飴の袋を、ウエストポーチにしまった。さっさと処分したいところだが、チリひとつないこの部屋に捨てるのは気後れしたのだ。

 結局、飴は子どもたちに全てあげてしまった。

 こんなはずではなかったが、もう後の祭りだ。自分の甘さに、ため息しか出てこなかった。

 ふと見ると、物々交換したショートヘアの彼女が、喜ぶ子どもたちを見て微笑んでいた。先ほどの悲壮感が消えた笑顔を見て、これで良かったのかもしれないと思った。

 そう、何度も自分に言い聞かせた。

 おやつとして鞄に忍ばせていた飴から、珠との物々交換を思いついた。それで珠を100個集めるのは無謀でも、自分の持てる手段としては、それが1番望みが高いと考えていた。

 だが、その微かな可能性は消え、残る数日を絶望と共に過ごさなければならないだろう。太一はひとりになりたくて、人けの少ない壁際近くにやってきた。

 ふと、先に座っていた幼い少女と目があったが、飴をねだりにきた子どもたちの中には、見なかった顔だった。

「飴はもうないぞ」

 彼は少し離れた場所に腰を下ろしながら、ぶっきらぼうにそう言った。

「いらないよ!」

 少女はそう答えるが、何か言いたそうにこちらを見ていた。

「飴、嫌いだったのか?」

「そんなことないよ!」

 太一の問いを力強く否定し、少女は少し怒ったように言った。

「だって、知らない人から、お菓子をもらっちゃダメなんだから!」

 太一は、その返答を聞いて脱力してしまった。

 言っていることは正しい。しかし、実際にはなかった危険を恐れて、彼女は欲しかった飴を手に入れ損ねたのだろう。親もいないようだし、そんな言いつけなど無視して、貰いに来れば良かったのだ。

 そう思ったものの、太一は何も言えず黙り込んだ。何をどう言っても、仕方ないことだらけだった……。

 子どもたちから、飴をひとつ返してもらおうかとも考えたが、その交渉はこの上なく難しそうだった。そして、まだ交換した四角いチョコが残っていることを思い出す。しかし、それは自分にとっても最後の楽しみだった。飴は全て差し出したのだから、このくらいは自分で食べてもバチは当たらないのではないか。

 チラリと少女の顔をうかがうと、喜ぶ子どもたちの姿を寂しそうに見つめていた。その表情を見て、太一は全身の力が抜け落ちるのを感じた。

 結局、俺は他人のことを気にして、いつも損するばかりだ……。

 自分の好意は、無視される。いくら他人に与えても、見返りが返ってくることはないのだ。太一は物心ついた頃からそう感じて、勝手にふてくされていた。

 しかし、それは自分の態度や、言い方に原因があったのではないか。この土壇場で冷静に振り返ると、それが真実のように思えてきた。空回りばかりの人生を思い、虚しさがこみ上げてきた。

 もう、どうでもいい……。

 太一はポケットからチョコを取り出し、少女に差し出した。

「これ、やるよ」

 少女の顔が一瞬輝いたが、すぐ頭を振ってそれを拒否した。

「知らない人から、お菓子をもらっちゃダメなの!」

 太一は面倒くさそうな顔をしたが、部屋の中心を見つめながら静かに語り始めた。

「俺の名前は、吉田太一。22歳で、食品工場で働いてたんだ。全身が白く覆われて、外からは目しか見えない服を着て、毎日同じ作業の繰り返し。最初はこんな仕事、すぐ辞めてやると思ってたけど、気付けばもう3年か……」

 すぐに辞めると考えていたから、人間関係もほとんど築かなかった。親しく話す相手がいなかった毎日を、今は少し後悔していた。

「趣味はネット。休みの日も、基本引きこもり。出身は静岡。上京してから地元には戻ったことないけど、一度くらいは帰っておくべきだったかな……。あと、血液型はB型」

 自己紹介と言っても、何を話せば良いのか分からなかった。とりとめなく、言うだけ言って、太一は少女に質問した。

「君の名前は?」

「やなせ、はる。9歳!」

「漢字は、季節の春?」

「違うよ。晴れるに、瑠璃色の瑠!」

「難しい字だな……。学校楽しい?」

「楽しいよ!」

「若くていいね……」

 夢いっぱいでと言いかけて、太一は言いよどんだ。ここではもう、夢とは残酷な言葉でしかない。未来はもう、閉ざされたも同然なのだから。

「これで、君と僕は友達だ!」

「え?」

 太一の言葉に、少女はびっくりしていた。話が早すぎると思うのは当然だ。

「そうなの?」

「学校では、どうだった? 自己紹介して、お互いのことを知ったら、それはもうお友達だろ?」

「そう……なのかな?」

「そうなんだ!」

 そして、太一は先ほどのチョコを、もう一度少女に差し出した。

「お近づきの印に、やるよ」

「でも……」

 少女は、まだ躊躇していた。親の教えと、自分の欲望の間で揺れているようだった。

「こういう時は、もらわないと逆に失礼なんだぞ。社会にはそういう、よくわからないルールがあるんだ」

 太一にそう言われ、晴瑠はようやく差し出されたチョコを受け取った。だが、すぐには食べずに、そのチョコをまじまじと見つめていた。

「なんだ?」

 少女の反応を見て、太一は怪訝な顔で聞いた。

「これ、ひとつしかないの?」

「そうだよ。もう、それしかないぞ!」

 太一は少し苛立ちながらそう言ったが、少女の返答は予想外のものだった。

「お兄ちゃんの分は?」

 少女の気遣いに、彼は驚いた。晴瑠は親の言いつけをしっかり守り、他人を思いやれるとてもいい子なのだろう。

「俺は……別にいいんだよ。早く食べろよ」

「半分こするね!」

 その返答に、太一は慌てて止めようとした。

「いいって。ただでさえ、小さいんだから!」

 晴瑠の手の中でかすかな音がすると、少女は困った表情を浮かべていた。太一がのぞき込むと、チョコが明らかに、大きさが違う割れ方をしている。

 どうしようかと悩んでいる晴瑠の手の中から、太一は小さなかけらを取って口に入れた。それを見て、晴瑠は嬉しそうに、大きい方のチョコを口に含んだ。

「おいしいね!」

 晴瑠の笑顔がはじけ、本当に嬉しそうに微笑んだ。太一はその笑顔を見ながら、少し驚いていた。こんな安いチョコが、今まで食べたどんなものより美味しく感じられた。

 普通に食べていたら、こんなに味わって食べることはできなかっただろう。こんな最後の食事も悪くない。むしろ、これ以上ない晩餐なのかもしれない。

 先ほど感じた虚しさは消え、胸が温かい何かで満たされていく。そして、太一は自分の膝に顔をうずめた。

 それを見た少女は、不思議そうに言った。

「どうしたの?」

 太一が小さく震えていることに気付き、晴瑠は心配そうに問いかけた。

「どこか痛いの?」

 太一は震える声を必死に堪えながら、小さくささやいた。

「……いしい、だけ……」

 間近でその声を聞いた晴瑠は、驚いて聞き返す。

「美味しかったから、泣いてるの!?」

 空気を読まず、晴瑠は大声でそう言った。

「変なのぉ!」

 心配して損したと言った感じで、晴瑠は太一の丸まった背中に手を置いた。そして、そんな太一の姿がツボに入ったのか、少女は楽しそうに笑い続けていた。

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