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【煉獄のパールライト】28.煉獄にて

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 浩輔は、奇妙な光景に出くわした。

 かなり高齢な老人が、白い服の少年の前でひざまずいていた。両手を合わせ、まるで神仏を拝むかのような態度に、少年は迷惑そうに眉をしかめている。

「やめてください。私は神ではありません」

 そう言われた老人は少年を見返すが、ありがたやとつぶやいて、再び拝み始めた。話が通じない状況に、少年は大きなため息をついた。浩輔がそれを気の毒そうに見ていると、少年がこちらをにらんで言った。

「なんですか?」

「いや、大変だなと思って」

 その少し苛立った態度に、少年にも感情があるのだなと、浩輔は妙に感心していた。

 老人はしばらく拝み続けたのち、失礼いたしますと丁寧に挨拶して、去っていった。あの様子だと、明日も拝みに来るのかもしれない。

 浩輔は、改めて少年を見た。聡明で少し冷たい印象を受けたが、見た目はどこにでもいそうな男の子だった。しかし、この部屋の管理者である彼は、神の使い、天使ということになるのだろうか? 姿形は同じと言えど、全く異なる次元の存在なのかもしれない。

 まじまじと自分を観察する浩輔に、少年は再び尋ねた。

「何か用ですか?」

 浩輔は少し曖昧になった記憶を、懸命に掘り起こしながら話し始めた。

「ここは、生と死の狭間。天国でも地獄でもない場所。たしか……辺獄? 煉獄だったかな?」

 自問自答のような浩輔の言葉に、少年が答えた。

「どちらも間違いではないですが、煉獄ではないですか?」

 そして、天を仰ぎながら厳かな声で語り出した。

「人は罪を犯すこともあり、死後に神との一体化を望むのであれば、内なる異質なものを清めなければならない……。すなわち、それが煉獄である」

『煉獄』とは。

 天国でも地獄でもない、死者の待合室のような世界だ。苦罰によって罪を清めることができれば、その者は天国に行けるとされている。

 浩輔は記憶の底から、昔読んだ本の挿絵を思い浮かべた。『清めの火』で焼かれる人々を、天使が救い上げ、天に昇っていく場面を描いた絵画だった。

「辺獄もよく似ていますが、こちらは洗礼を受ける前に死んだ幼児が行く世界なので、微妙に概念が異なります。宗教的な解釈はいろいろあるので、何が正しいとは言えませんが……」

 少年の解説を、浩輔は感心しながら聞いていた。

「さすが、詳しいね」

 浩輔の言葉に、少年はまた少し不機嫌な空気を漂わせた。

「一般的な知識を、語っただけです」

 それが一般的とは思わなかったが、浩輔はわざわざ指摘はしなかった。

「しかし、ここが煉獄だとすると、俺たちは罪人というわけか……」

 もちろん、浩輔は罪など犯したつもりはなかった。結衣香を含めて、ここにいる人が全員悪人とも思えない。幼いみことが、何の罪を犯したと言うのだろうか?

「生きていくのは戦いだから、汚れひとつない人はいない……。ということなのかな?」

 怒りや、嫉妬や、欲望といった感情を抱いたことは無い、などと言える人はいないだろう。それだけで天国に行ける資格がないと言うのであれば、条件を満たす人間などいないのではないか。

 浩輔の問いを無表情で聞いていた少年は、少し間を置いて言った。

「便宜的に煉獄や神などと言いましたが、そんなものが存在するとは限りません。ここには、ルールという事象があるだけです」

 少年が何を考えているか、その表情からは読み取ることはできなかった。

「もっとも、私の言うことが、全て正しいとも限りませんが……」

 少年の意外な物言いに、浩輔は少し驚いた。少年の言うことを全て信じているわけではなかったが、自分を疑えと言われると、逆に真実味を感じてしまう。

 何を信じて、何を疑えばいいのか……。

「暴力を封じられているとはいえ、争いが起こることは必然。その中で、俺たちは何かを試されている?」

 浩輔は、自分の置かれた現状について自問自答してみた。

「清めの火で焼かれるとは、自分の生を諦めて、他人を生かすという葛藤のこと? であれば、それを乗り越えた人が天国に行ける……」

 少年は、感心したように浩輔を見返した。

「あなたは、そこまで考えて珠を譲ったんですか?」

 その問いを、浩輔は苦笑しながら否定した。

「いや、そんなことはないよ」

 そんな打算で、みことに珠を譲ったと思われるのは心外だった。天国に行きたい、などと考えてした行動ではない。しかし、浩輔にはその思惑を言葉にするのには抵抗があった。

 言いよどむ浩輔を見て、会話を切り上げるように少年は言った。

「考える時間は、まだ残されていますよ」

 そのまま、少年は人の集まる方へ歩き出そうとした。浩輔は慌てて、先ほど感じた疑問をぶつけてみた。

「神はいないとしても、君はいる。君は一体、どこから来て、どこに行くんだ?」

 少年はチラリとこちらを見て微笑んだが、その問いには、何も答えてくれなかった。

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