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片付けようと思って、できなかった夜

散らかった部屋を見て、「あとで片付けよう」と思ったのに。

気づいたら夜になっていて、
何もしないまま、またそのままにしてしまった。

そういう夜、ありますか。

片付けようと思っていた。

朝、起きたときも。
昼、少し時間があったときも。
夕方、「今日中にやろう」と思ったときも。

ずっと、そう思っていた。

でも夜になって、部屋の真ん中に座ったとき、
なんだか何もできなかった。

床の上に広がった服を見ながら、
テーブルの上の読みかけの本を見ながら、
そのまま、スマホを持ってソファに倒れた。

動こうとしたのに、体が言うことを聞かなかった。

こういう夜って、自分が嫌になる。

「なんでできないんだろう」
「また先延ばしにした」
「だらしない」

頭の中で、誰かがそう言ってくる。
その誰かは、たいてい自分自身だ。

でも最近思うのは、

片付けられなかったのは、さぼっていたわけじゃないかもしれない。

昼間、ちゃんとやることはやっていた。
笑顔でいるべき場所では笑顔でいた。
疲れているのに、疲れていないふりをしていた。

夜に何もできなかった人は、昼間に使い切っていただけかもしれない。

心の体力って、目に見えないから気づきにくい。

足が痛ければ「歩けない」とわかる。
でも心が疲れていても、見た目には何も変わらない。

だから自分でも気づかないまま、
「なんで動けないんだろう」と責めてしまう。

片付けって、エネルギーがいる。

物を動かすより先に、
「どこに置こう」「これは捨てていいか」「このあとどうしよう」って、
小さな判断をたくさんしないといけない。

心が疲れているとき、この「小さな判断」が一番きつい。

だから、できなかったんだと思う。

さぼっていたんじゃなくて。
だらしないんじゃなくて。

ただ、今日はもう、判断できる分を使い切っていた。

それだけのことだと思う。

散らかった部屋を見て、自分を責めながら眠る夜は、
ちゃんとある。

「明日こそ」と思いながら目を閉じる夜も、ある。

でもそういう夜を何度も経験してきた人は、
それだけ毎日、いろんなものを抱えながら生きているんだと思う。

片付けられなかったことより、
今日も一日、ちゃんと過ごした自分のことを、
少しくらい雑に扱わないでほしい。

部屋が多少散らかっていても、
あなたはちゃんとここにいる。

たまには、片付けないまま眠ってもいい。

明日の自分に、少しだけ残しておく。

それだけで十分な夜もある。

やろうと思っていたのに、できないまま夜が終わった経験はありますか。


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片付けられなかった夜の前には、
一日中「ちゃんとしているふり」をしていた時間がある。

そんな夜のことも、書きました。


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なみ|静かな関係 読んでくださってありがとうございます。 静かに続ける力になります。