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ちゃんと暮らしてるふりをしている夜

散らかっている、というほどではない。
でも、自分ではわかる。
この部屋は今、少しだけ荒れている。

部屋に帰ってきて、電気をつける。

その瞬間に、見えてしまう。

ソファの背もたれには昨日脱いだシャツ。洗濯カゴには入りきらなくて、床にも一枚落ちている。コスメのふたは昨晩から開けっぱなしで、ティッシュで拭いた化粧水のにおいがまだどこかに漂っている。机の上には、コンビニのレシートが三枚。開いたままのリップ。飲みかけのペットボトル。たぶんもう、ぬるい。

汚い、というわけじゃない。友達が来ても、特に何も言われないと思う。これくらいみんなそうでしょ、と笑いながら通り過ぎられる程度の散らかりだ。

でも、自分には、わかる。

これは、ただ散らかっているんじゃない。荒れている。


昼間は、ちゃんとしているふりができる。

仕事もした。メールも返した。会議でも話した。ランチは同僚と食べて、ちょっと笑った。「最近どう?」と聞かれて「まあ、普通ですよ」と答えた。嘘じゃない。本当に普通だった。

ただ、帰り道に電車の窓に映る自分の顔を、少しだけ見た。表情がついていない、という感じがした。何かを演じていたというより、何も感じていなかっただけかもしれない。外にいる間は、ちゃんとしている人のふりが上手くできる。


部屋に入って、バッグを床に置く。

生活は一応まわっている。でも部屋に帰ってくると、その「一応」が見える。

カーテンを閉めようとして、途中でやめる。冷蔵庫を開けて、何も取らずに閉める。洗面所に行って、コンタクトを外す。鏡の中に自分がいる。メイクを落とす前の顔。昼間の仕事モードがまだ残っている顔。でも目の奥だけ、なんか疲れている。

片付けよう、とは思う。洗濯物を洗濯機に入れて、レシートを捨てて、机の上を整えれば三十分もかからない。わかっている。でも、動けない。

気がつけばソファに座っている。スマホを手に取る。SNSを開いて、スクロールする。でも何も見たいわけじゃない。誰かの夕飯の写真、誰かの旅行、誰かのかわいい猫。いいねを押しながら、なんで押してるんだろうと思う。閉じればいいのに、閉じられない。

生活を整えたい、とは思っている。でも、心が追いつかない。


こういう夜は、鏡よりも部屋の方が正直だと思う。

外にいる間は、ふりができる。笑える。話せる。でも帰ってきた瞬間に、ふりがほどける。

床の服は、「今日も片付ける体力がなかった」という記録だ。開けっぱなしのコスメは、「もういいや」と思った夜の跡だ。ぬるくなったペットボトルは、飲もうと思って忘れるくらいの余裕のなさの証拠だ。

部屋だけが、私の本当の状態を知っている。


洗面台に立って、歯を磨く。

鏡の自分を見ていると、ふと思う。今の部屋を、少し前の自分が見たら、どう感じるだろう、と。余裕がある時は、もう少し丁寧に暮らしていた気がする。コスメはちゃんと閉めて、服は洗濯カゴに入れて、机の上には必要なものだけを置いていた。

今は、どちらが先かわからなくなっている。気持ちが整っていないから部屋が荒れているのか、部屋が荒れているから気持ちが落ち着かないのか。

たぶん両方で、今夜はそれを解決しなくていい。歯ブラシを置いて、洗面台の電気を消す。


明日の朝、絶対に片付けよう、とは決めない。そういう約束を自分にするのが、最近少し怖い。守れなかった時に、また静かに自分を責めるから。

寝る前にペットボトルだけ捨てる。それだけにする。バッグの中身を確認して、明日の準備だけして、あとはもう放っておく。

明日の朝、いつもどおりに起きる。いつもどおりに支度して、いつもどおりに外に出る。外に出たら、また普通にできる。それは、たぶん本当のことだ。

電気を消すと、部屋が暗くなる。窓の外に、街の明かりがうっすら見える。

ただ、今日は片付けきれないまま眠る。


これくらいの夜が、続いている。

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#夜のひとりごと

大丈夫、と送ったあと。

本当は少し泣きたかったのに、何事もなかったみたいに夜を続けることがある。

そんな夜のことも、書きました🫧


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なみ|静かな関係 読んでくださってありがとうございます。 静かに続ける力になります。