「もういい」は、本音じゃない
「もういい」って言ったあとも、少しだけ返信を待ってしまった。
引き止めてほしかったわけじゃないのに。——自分でも、よく分からない。
「もういい」と言ったとき、相手は少し驚いた顔をしていた。
急に冷たくなった、と思われたんだと思う。
実際そう言われた。「なんか急に変わったよね」って。
でも私からしたら、全然急じゃなかった。
あの言葉が出てきたのは、ある特定の夜のことじゃない。
もっとずっと前から、小さいことが積み重なっていた。
返事が一言だったこと。こっちが話したことを、次の日には忘れられていたこと。「大丈夫?」って聞いてほしかった瞬間に、別の話をされたこと。
どれも、その瞬間は「まあいいか」で流せた。
なんなら自分でも「気にしすぎかな」って思ってた。
怒るほどのことじゃないし、責めるのも違う気がして。
だからずっと、飲み込んでた。
飲み込んで、飲み込んで、そのうち飲み込み方すら上手くなってしまった。
でもそれって、慣れたんじゃなくて、諦めたんだと思う。
今は。
「もういい」って言葉が出てきた瞬間、怒ってたかって言われると、そうでもなかった。
むしろ静かだった。
怒りって、エネルギーがいる。
「あのときこうだったじゃないか」「なんでそういうことするの」って、
ちゃんと言葉にするには、まだ相手に期待してる部分がないとできない。
でもあの夜の私には、そのエネルギーが残ってなかった。
説明する気力じゃなくて、説明しようとする意欲が、もうなかった。
伝えたって、また「そんなつもりじゃなかった」って言われる。
そしてまた私が「ごめん気にしすぎた」って言う流れになる。
その展開が見えすぎていて、もう始める気になれなかった。
一番しんどかったのは、分かってもらえなかったことより、
分かってもらおうとすることに疲れたことだと思う。
本当は分かってほしかった。
ちゃんと話せばよかっただけかもしれない。
でも「ちゃんと話す」って、すごく消耗する。
特に、何度かやってみて、空振りが続いてると。
何度か話した。
直接じゃないけど、遠回りに伝えようとした。
反応がなかった。気づかれなかった。
そのうち、伝え方を工夫することにも疲れてきた。
「なんでこっちが工夫しなきゃいけないんだろう」って思い始めたら、
もう終わりに近い。
苦笑いするしかないけど、そういうもんだと思う。
「もういい」と言ったあと、少しだけスマホを見ていた。
返信が来るかもしれないと思ったわけじゃない。
でも、来なかったときに、少しだけ胸が痛かった。
引き止めてほしかったのかって言われると、違う気がする。
「行かないで」って言われても、どうしたらいいか分からない。
でも、何も言われないと、やっぱり少し、寂しかった。
自分でも意味が分からない。でもそういう夜だった。
相手からすると「急に冷たくなった」に見えるのは、分かる。
外から見たらそうだと思う。
でも内側では、何度も小さく傷ついていた。
その都度、自分で処理して、なかったことにして、また普通にしていた。
そのくり返し。
「急に」じゃなくて、「やっと」だった。
やっと、もういいって思えた夜。もういいって言えた瞬間。
でもそれが正しかったのかどうか、今もよく分からない。
「もういい」と言った人は、本当にもういいのか。
——正直、分からない。
自分のことなのに、分からない夜がある。
もういいと思った気持ちは本物だった。
でも、もういいと思う前に、まだ分かってほしかった気持ちも本物だった。
どっちも本当で、どっちも自分で、それがまた少しだけしんどい。
答えを出す気にもなれないまま、
ただ静かに、夜が過ぎていく。
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#言葉にならない感情
まだ、待ってしまう夜に。
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静かに続ける力になります。