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【ゲーム分析】「なんでもできる」は「何もできない」。どうぶつの森が自由なのに迷わない理由

『どうぶつの森』シリーズをプレイしていて、「次に何をすればいいんだろう」とコントローラーを置いて迷ってしまった経験がある人は少ないはずです。

スローライフを掲げ、非常に多くの選択肢と自由度が用意されているにもかかわらず、なぜプレイヤーは迷わずにゲームの世界に没入できるのでしょうか。

今回は、プランナーの視点からこの見事なゲームデザインの構造を紐解いてみたいと思います。


🧭 「なんでもできるゲーム」の罠

ゲームを企画する時、「プレイヤーがなんでも自由にできる世界を作りたい!」と考える人は多いです。

しかし、明確な目標設定がないまま広大な世界に放り出されると、プレイヤーは何をして良いのか、何が正解で何が不正解なのかが分からず、立ち止まってしまいます。

厳しいようですが、目標のない「なんでもできるゲーム」は、プレイヤーにとって「何もできないゲーム」と同じなのです。

🦝 たぬきちの借金という「極太の幹」

どうぶつの森の場合、ゲームを始めてすぐに非常に明確な目標が突きつけられます。

それが「たぬきちへの借金返済」です。

木を揺らしてフルーツを落とす。海に向かって釣り竿を振る。網を構えて虫を追いかける。どうぶつたちのお願いを聞いて家具をもらう。

この村でできる何気ない行動のほとんどすべてが、「アイテムを売ってお金(ベル)にし、借金を返す」というたった一つの巨大な目的に向かって収束していくように作られています。

この借金返済という「極太の幹」がど真ん中に刺さっているからこそ、プレイヤーはどれだけ枝葉の寄り道をしても、絶対に迷子にならないのです。

⚖️ 究極のジレンマが生む「選択の意味」

さらに秀逸なのは、借金を返す過程に「プレイヤーの強烈なジレンマ」が組み込まれていることです。

苦労して釣り上げた珍しい魚をアイテム欄で眺めながら、プレイヤーは葛藤します。

「これをたぬきちに高く売ってローンを返すか。それとも博物館に寄贈してコレクションを埋めるか。いや、自分の部屋の真ん中に水槽として飾ってしまおうか」

お金で物を買う以外に、この「自分の物欲を満たすか、借金返済を優先するか」というジレンマに頭を悩ませることこそが、プレイヤーに選択させる意味であり、ゲームの面白さの正体です。

🚫 もし「どうぶつの森」がこんな仕様だったら

この選択の面白さを理解するために、もしどうぶつの森が以下のような「ダメな仕様」で作られていた場合を想像してみましょう。

・もし最初から無料で大きな家をもらえたら たぬきちから多額の借金を背負わされることがなければ、プレイヤーから「お金を稼ぐ目的」と「完済した瞬間の達成感」が完全に奪われてしまいます。

・もし虫や魚が博物館への寄贈しかできなかったら 飾る・寄贈する・売るという自由な選択肢がなければ、レアなアイテムを目の前にして「どう使うか頭を悩ませる究極のジレンマ」が奪われてしまいます。

・もしどうぶつのお使い報酬が「お金」だけだったら 個性的で変な家具をもらう機会がなければ、「もらった謎の家具に合わせて部屋を模様替えしてみる」という豊かな寄り道の体験が奪われてしまいます。

このように、行動の出口をシステム側で1つに絞り込んでしまうと、ゲーム内の選択肢が一気に狭まり、ただの単調なお使い作業に成り下がってしまいます。

🎯 結論:A・B・Cの結果を同じにするな

ゲームを作る時は、プレイヤーに「選択させる意味」があるかを常に疑い、しっかり考えてゲームデザインをしましょう。

Aのボタンを押しても、Bの道を選んでも、Cのアイテムを使っても、結局システムが導き出す結果がすべて同じなら、そこに選択する意味はありません。

自由な世界を作りたいなら、まずはプレイヤーが迷わずに向かえる「太い幹」を一本立てる。そして、その過程に頭を抱えるような「ジレンマ」を用意する。

どうぶつの森の借金システムは、ゲームデザイナーにとって最高の教科書なのです。


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