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日本のキリスト教業界を批判する信仰者の動画を観て──日本のキリスト教会は崩壊するのか

※この記事は、特定の教派・人物・動画を否定する意図ではなく、現代日本のキリスト教と宗教文化について、あくまで個人的な思索を記したものです。信教・思想・良心の自由を尊重しつつ、お読みいただければ幸いです。


1. 一本の動画が投げかけた問い

今日公開されていた小林拓馬さんのあるYouTube動画を観ました。
その動画では、日本のキリスト教界は「日本教キリスト派」になってしまっている、という主張が語られていました。

動画が挙げていた問題点は、次のようなものです。

  • 儀式をやれば良いと思っている

  • 第一教義が「和を乱さない(空気に従う)こと」になっている

  • リーダーシップがおかしい

  • 教会が、いい子ちゃん製造工場になっている

こうした指摘は、日本のキリスト教会が長年抱えているテーマに重なる部分もあるように思われます。
しかし、最も気になったのは、動画で強調されていた一言でした。

「日本のキリスト教業界というものは、もう10年、20年先の未来にはほぼ崩壊するということが確定している。」

この言葉について少し考えてみたいと思います。


2. 「人口ピラミッド論」には根本的なズレがあると思われる

この崩壊予測は、おそらく日本社会の少子化問題を教会の中にまで適用したものだと考えられます。
たしかに少子化は予測可能なものとされていますが、ここには重要な前提のズレがあるように考えられます。

信仰は、人口ピラミッドのように信徒の年齢のみに依存するような現象ではないと考えられます。

子どもが信じることもあれば、20代で信仰に触れる人もいます。
定年後に信仰を持つ人もいれば、80代で洗礼を受ける方もおられます。

つまり、信仰は人生のあらゆる時点から始まり得るため、統計による「人口動態」だけでは未来を予測できないと考えられるのです。

人口ピラミッドを教会にそのまま当てはめることは、信仰の成り立ちそのものを考えるに当たって、異なる要素があるように思われます。


3. 日本の信仰の未来は一人一人の「やる気」と「空気」で変わる

日本のキリスト信仰は、独自性があると考えることができます。
多くの日本人は宗教的な主張について控えめで、慎ましい姿勢を持っていると思われます。
そのため、積極的な伝道があまり行われない傾向にあります。

しかし、もし日本において──

信じる方向に「空気」が変わって、それが新しい「和」として共有されるというような状況が生まれるとしたら、どうなるでしょうか。

日本は「空気の社会」であり、空気が変わると多くの人が自然とその方向に動くと言われています。

逆に言えば、信仰が広がるかどうかは、最終的には一人一人の「やる気」による部分も大きいのだと思います。


4. 新約聖書の核心が社会を覆ったなら

キリスト信仰には、変わることのない中心があります。

キリストは私たちの罪のために死に、葬られ、三日目に復活された。
新約聖書は、この出来事を信じる者が永遠の命にあずかると語っています。

そして、この教えをあえて狭い側面から見ると、
「信じることを選ばない道には、神から離れた状態──いわば『滅び』と呼ばれる側面がある」
と理解される伝統的な読み方も存在します。

このような中心教義は、日本の慎ましい宗教観とは距離があるため、語られにくい部分があるのかもしれません。
しかし、もしこれらが広く穏やかに、そして誠実に共有され、社会の「空気」として受け止められるとするならば──

本当に、自ら神から離れる道を選びたい人がいるだろうか?

と問いかけることもできるのではないかと思います。

もし日本全体が「信じる方向」で調和を持つなら、それは意外と難しいことではないという可能性もあるのではないだろうかと思われます。

日本人はかつて、終身雇用を守り、厳しい環境でも忍耐し、一度決めた「空気」を長く維持してきた歴史があります。

日本人の忠誠心の強さは、社会的に見ても特徴的なものと考えられます。


5. 信仰は予測不能だからこそ、希望がある

何より重要なものと考えられることは、信仰には人間の予測を超えた側面があるということです。

信仰は、神が良しとされるタイミングにおいて、突然、人の心に宿ることがあります。

そして現代は特に、この火が広がりやすい時代であると考えることも可能です。

  • YouTube

  • インターネットサイト

  • SNS

  • ブログ

このような媒体などを通して、さりげなくキリストの福音が語られる現象が増えていると見ることもできます。

信仰の萌芽は、すでにネット社会に広がりつつあり、それがいつ大きな波になるかは誰にもわかりません。


6. 結論──崩壊は確定していないと考えられる

以上をまとめると、

日本のキリスト教が10〜20年後に必ず崩壊する、という断定は成立しないと考えています。

少子化は予測が可能でも、信仰の生成は予測不可能であり、年齢構造に強く依存しないものと考えることができます。

日本人の気質、インターネット時代の環境、明確な教義を示すこと、そして何より神のタイミング。

これらが重なるとき、日本のキリスト信仰は大きく再生する可能性があります。

崩壊するかどうかは、

最終的には一人一人の「やる気」と「空気」と「神の御心」次第である

と言えるのかもしれません。

未来は閉ざされているわけではありません。
むしろ、まだ本格的なスタートが始まっていない可能性もあるように思われるのです。


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