地方の病棟で働く私が、「このままでいいのかな」と思っていた頃
地方の病棟で働きながら、私はずっと「ここではないどこか」を見ていた。
今いる場所が、不幸だったわけではない。
給料が出ないわけでもない。
家がないわけでもない。
毎日泣きながら出勤していたわけでもない。
たまに嫌なことはある。
同僚に腹が立つこともある。
患者さんに振り回されることもある。
でも、まあ働けていた。
大人になると、
だいたいの不満にふたをするのが上手くなる。
「まあ、こんなもんだよね」
便利な言葉である。
これを唱えれば、
たいていのことは一応やり過ごせる。
だから私は、普通の顔をして出勤していた。
でも私は、ずっと思っていた。
このまま、ここで年を取るのだろうか。
地方の病棟で働いていた頃、
私はよく田んぼ道を帰っていた。
見慣れた道。
見慣れたコンビニ。
見慣れたスーパー。
見慣れた山。
あまりにも見慣れすぎて、
景色の方も私に飽きていたかもしれない。
昼休みには、120円の菓子パンを食べた。
安い。
早い。
腹にたまる。
働く女の昼食として、
なかなか立派な三拍子である。
でも、その菓子パンをかじりながら、
私はよく思っていた。
この病院で働いて、
この道を帰って、
同じスーパーで買い物をして、
同じような話をして、
同じように疲れて、
同じようにまた朝を迎えるのだろうか。
もちろん、それが悪いわけではない。
地元で働いて、
家族の近くにいて、
堅実に暮らす。
それは十分に立派な人生だ。
むしろ、かなり賢い。
都会に憧れて、
よく分からない自信だけを握りしめて飛び出そうとしていた私より、
よほど地に足がついている。
しかし当時の私は、
その「地に足がついている」が、どうにも苦手だった。
足がついているどころか、
足首まで田んぼに埋まっているような気がしていた。
失礼な話である。
田んぼに罪はない。
でも、私は本気でそう思っていた。
ここではないどこかに行きたい。
都会に行けば、何か変わる気がした。
きれいな服を着て、
きれいな職場で働いて、
仕事帰りにデパ地下でお惣菜を買って、
「今日ちょっと疲れた」
なんて言いながら、都会の夜を歩く自分。
今思うと、ずいぶん都合のいい妄想である。
都会の女は全員、
仕事帰りにデパ地下へ行くと思っていたのだろうか。
実際は違う。
疲れた日はコンビニで済ませる。
電車は混む。
家賃は高い。
そんなこと、少し考えれば分かる。
分かるのだが、
当時の私はその程度の現実には負けたくなかった。
電車が混む?
家賃が高い?
疲れたらコンビニ?
だから何だというのだ。
こちらは毎日、田んぼ道を帰っている女である。
満員電車のしんどさも、
都会の家賃の高さも、
仕事帰りにデパ地下へ行く気力など残らないことも、
その頃の私はまだ本当には分かっていなかった。
分かっていない人間ほど、
妙に楽観的である。
テスト勉強をしていない人ほど、
「今回、なんかいける気がする」
と言い出す。
あの感じに近い。
今思うと、なかなかに浅い。
浅いのに、やたら本気だった。
「いいじゃん、安定してるし」
そう言われたら、
たしかにその通りだった。
安定。
なんて立派な二文字だろう。
親に言えば安心され、
親戚に言えば褒められ、
世間的にもわるくはない。
なのに、本人だけが納得していない。
これがまた、厄介だった。
私はその安定の中で、
じわじわ息苦しくなっていた。
あの頃の私は、
田んぼ道を帰りながら、
ずっと別の景色を見ていたのだと思う。
「このままでは嫌だ」
という気持ちだけは、たしかにあった。
もちろん、冷静な自分もいた。
地元で働いている。
給料もある。
家族も近くにいる。
別に不幸なわけではない。
それなら十分じゃないか。
そう言われたら、
たしかにその通りだった。
正論である。
正論というのは厄介だ。
こちらの見栄や憧れを、きれいに黙らせてくる。
それでも、
私の中の見栄と憧れは、
なかなか成仏してくれなかった。
どうしても考えてしまった。
数十年後の私が、
いや、もっと先の、おばあちゃんになった私が、
「あの時、行ってみたかったな」
と思っていたらどうしよう。
その姿を想像すると、
どうしても諦めきれなかった。
都会に行けば人生が変わるなんて、
そんな単純な話ではない。
そんなことは、今なら分かる。
でもあの頃の私は、
田んぼ道の向こう側にある景色を、
一度でいいから見てみたかった。
ここまで読んでくださってありがとうございます。
地方の病棟で働きながら、「このままここで人生終わるのかな」と思っていた頃の話を書きました。
次の記事では、そんな私が求人票と婚活を同時に見ていた頃の話を書いています。
▶︎ 地方を出たい私は、求人票と婚活を同時に見ていた
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