見出し画像

認知症のFさんが、最後まで忘れなかった記憶ー「変わらない景色」を繋ぐ


認知症になると、多くの記憶は少しずつ失われていく。

昨日のこと。
さっき話したこと。
食事をしたことさえ、忘れてしまう人もいる。

それでも、人には最後まで消えない記憶があるのかもしれない。

私は、Fさんと出会って、変わらない日常の中で「忘れてない」「忘れられない、人には話せない」
ものが、胸の奥に残ったままの人達がいるという真実と向き合わなければならないとずっと感じている。


Fさんは、ただの笑顔のきれいなおじいさんだった。

デイサービスで出会った時、私にはそれだけの印象しかなかった。

九十二歳。

認知症があり、さっき話したことも覚えていない。

それでも、人懐こく、誰とでも自然に話す。

穏やかにニコニコと笑う、そんな人だった。

ある日、レクリエーションで「簡単な英語を日本語では?」を行った。

「Apple」

「りんご」

「Mountain」

「山」

「Hospital」

「病院」

Fさんは、スラスラ答える。職員みんなが驚いた。

「すごいですね。どこで英語を習ったんですか?」

そう尋ねると、Fさんは静かに言った。

「特攻隊だったから」

私は、一瞬、言葉を失った。

Fさんは続けた。

「敵地で、看板を読まないといけなかったから・・・」

さっきまで笑っていた人の奥に、それまで想像もしなかった人生が見えた気がした。

しばらくして、Fさんはぽつりとつぶやいた。

「ばかげたことをしていたと、今は思う」

それ以上は、何も語らなかった。


その頃の私は、「特攻隊」という言葉。

それが、歴史の1ページを飾ってる。

日本が神風として、命をかけて活躍した。

そんな事を記憶に留めている程度だった。


忘れてもいい事実を、なぜ覚えていたのだろう。

それも、人に話してはいけないという雰囲気の話をずっと、胸にしまったまま。


それをなぜ、それ以上を語ろうとしなかったのだろう。

私は、その意味を深く考えないまま時間だけが過ぎていった。

また今度、聞けばいい。」

そんなふうに思っていた。

けれど、その「今度」は来なかった。


それから何年か経ったある日。

YouTubeで、元特攻隊員の鳥谷邦武さんの講演に出会った。

そこで聞いた言葉が、私の中で眠っていたFさんの記憶を呼び起こした。


「命令だから、いやも応もない。諦めるしかなかった」



「死にたくねえなあ」(そう、話した友が次の日、空に消えた)


「みんな死にたくなかった」


「私は、白紙のまま名前だけ書いた」


「本当のことを後世に伝えたい」


「愚の骨頂だ」


鳥谷さんは、この話を若い頃から語っていたわけではなかった。

戦死した仲間に失礼だという思いから、九十歳を過ぎるまで本音を口にしなかったという。

同期が亡くなり、「本当のことを後世に伝えたい」と思うようになって、ようやく語り始めた。

私は、その話を聞いて、これは…あの時、Fさんの「ばかげた事をしたと今は思う」と言った一言と結びついたような気がした。

Fさんも、おそらく鳥谷さんとほぼ同じ世代だった。

同じような年齢で終戦を迎え、同じ時代を生き抜いた。

一人は九十歳を過ぎて本当のことを語り始めた。

一人は、最後まで多くを語らなかった。

その違いを、私は今も考えている。


夜、仲間と本音を話せば、聴き耳を立てられていたという。

余計なことを言えば呼び出され、殴られる。

本当の気持ちを書けば、検閲で家族には届かない。

だから、英雄であるかのような手紙を書く人もいた。

そんな時代だった。

Fさんは、あの時、何を書いたのだろう。

どんな暮らしをしていたのだろう。

私は長い間、

飛び立つ前に戦争が終わって、本当によかったですね」

そんな軽い気持ちで考えていた。

でも、その一言では到底言い尽くせない時間を、Fさんは生きてきたのだと思う。


私はさらに調べた。

特攻隊だけではなかった。

海には、人間魚雷「回天」という、帰ることのできないもう一つの特攻があった。

学校ではほとんど教わらなかった現実が、そこには残されていた。

その記録を、できる限り調べ、一つの記事にまとめました。




鳥谷さんの言葉を聞きながら、私は何度もFさんの笑顔を思い出した。

優しさで溢れている笑顔の中に、ふっと何かわからないものがあったような気がしてる。

あの日、本当は何を思っていたのだろうか。

何を胸の奥にしまったまま、生き続けてきたのか。

その答えは、もう誰にも分からない。

だから私は、分からないまま考え続けたいと思う。

それが、Fさんと向き合うということなのかもしれない。

そして、この事実を、一人でも多くの人に知ってほしい。

それが今の私の願いです。

最後に。

Fさんの事を考えながら、詩を作りました。
聴いて欲しいです。


[Verse 1] 命のかけらをもらって 私たちは生まれてきた。

あの日と変わらない空で鳥は宙を舞う。

風は静かに頰を撫でる

命と祈りは繋がれていく。

[Verse 2] 青空の下 歓声を浴びながら歩き始める

母は遠くから震えながら手を合わす

もう、後ろは振り向かない

想い出はここに置いていく

涙を隠したまま。

声をころして、静かに見えない行先を探して歩く。

[Verse 3] 鳥は何もなかったように 空を舞う。
イルカも忘れたようにジャンプする。

ここには 何も変わらない景色が見える。

[Verse 4] 星降る夜 月の灯りの下で仲間と語り合う

笑い声の向こうに涙がこぼれる。

握りしめた愛する人の写真 。

帰ることのない片道切符。

それでも笑顔で 星空を見上げる。

[Outro] 繋がれた命と祈り… 変わらない空の下で生まれている。




変わらない【自然】には、多くの人の命と祈りから生まれています


いいなと思ったら応援しよう!

🌻mimi🌻いつでもあなたの側にいるよ 貰ったことが無いので、実感一度してみたいです。応援お願いします。頂いたチップはクリエーター活動費に使わせて頂きます。