車好きな私が車屋を退職し、好きでもない解体業に就職したお話をさせて下さい。
どうもご無沙汰です。どこにでもいるアラフィフのオサーンです。(私の概要は↓↓↓でご参照をw)
今回は実家の魚屋が閉店し、次の就職先を定めるまで迷走していたお話をさせて下さい。
<魚屋から車屋へ…人生そんなに甘くなかった…>
前の記事にも書きましたが、私が30歳前半の頃、実家の魚屋が閉店しました。自分の家を継ぐつもりマンマンで、親からも「お前はこの『魚パル』を継いで、4代目になるんだからな!」と厳しく育てられ、他の従業員への見せしめとして、人一倍会社で叱責され生きてきました。
それがムカつくとか言う気持ちではなく、身内(特に実子)に厳しくして、従業員に対し「身内だからって甘やかしてる…」と思われないようにしている配慮だったのを、私も理解していましたし、親父(社長)も二人きりになったときに「厳しく言ってスマン…」と陰でフォローしてくれていました。
そんな風に育てられましたがいざ魚パルに入社すると、配属先は(スーパー業態に方向転換した後の)なぜか青果部…魚屋の長男が魚の知識がまるでない状態でした。
で、閉店に至るまで青果部の責任者として働いていたわけですが、いざ無職になってみると、青果特有の国家資格がある訳でもなく、私自身が魚を捌いたり、お造りを作ったりなどの特殊技術を持ち合わせていませんでした。結局就職活動を開始してみたものの、スーパー店員として募集をしているところは、ほぼ100%に近い割合でパートさん、またはアルバイト店員のみ。年齢も30歳過ぎていたため希望は正職員。何社か面接を受けたものの早めに見切りをつけ、早々にスーパー店員の選択肢を捨てました。
次に目を付けたのは、当時私が車好きだった事もあり(その当時の愛車がパルサーGTiーRでした。)知り合いの車屋に就職しました。しかし元はただの八百屋。自動車整備の資格を持っていた訳でもなく、ただの「車好き」。ロクに仕事も出来ず、出来た仕事はオイル交換やタイヤ交換などの軽整備や民間車検程度で、1か月給料は2万円でした…2万円って、中学生の小遣いかよ?!
新たな技術や知識を教えてもらえる様子も見られないまま、数か月我慢したものの結局給料や待遇は改善されず断念。(バイトを除いて)生まれて初めて自分の家以外で就職したものの早々に退職しました。(ヘッダー画像はフリー素材から拝借してきたもので、当該の車屋とは一切無関係です。)
<車屋から解体業へ…何かがガラガラ音を立てて崩れていく…>

その当時は(今の奥さんとは別の)彼女もいて、プー太郎じゃマズいと焦りもあったため、なりふり構わず面接を受けまくりました。 だけどなかなか良いところには当たらずハロワに通う毎日。実家住まいのため、母親には毎日「まだ就職決まらないの?次の面接はいつなの?次々に面接しないと決まる訳ないでしょ?」等と心無い言葉を投げつけられ、軽い鬱状態に陥りました。面接が終わって家にいる息子を「ダラダラしている」という風にしか見られなかったらしく、家にいるのが辛くなっていました。
「なんでもいいや」と受けた次の業種は『解体業』。理由は「家をぶっ壊すだけなら、特殊な資格はいらんだろう。」とか「ぶっ壊すだけなら、車みたいに繊細に取り扱って神経擦り減らなくていいかな?」程度の軽い思いと、早く母の口撃から逃げたい思いと、当時の彼女を心配させたくない思いからでした。
解体業に面接を受けに行って即採用。「明日から来られる?」との事で、次の日に早速出社。社長と従業員3人(私も入れれば4人)の小さな個人事務所でした。社長は自分より若いものの、いかにも土方!って風貌の方。先輩従業員Aは、ちょいちょい「バイクを盗んだ!」とか「喧嘩で〇〇をコテンパンにした!」とかイキってるだけの、腕に墨の入った少年院上がりで保護観察付きの15歳の小僧。従業員Bはさぼり癖があり、10日のうち7日は遅刻または無断欠勤のニート野郎の17歳。従業員Cは還暦を過ぎたじいちゃんで、力仕事が苦手…というなかなかの面子。
やっと仕事にありついて母からの口撃が止んだものの、それはそれで厳しい。なにせスーパー店員から解体業ですからね。やることなすこと初めてばかり。納得いかないことも多かったものの、頑張れば光も見えてくると自分を鼓舞して働いていました。
解体業なんて体力勝負で楽勝!…とタカをくくっていたけれど、どこかで解体業につきもののアスベスト除去って話が出てくるワケで…。結局アスベスト除去士の資格を取り(民用資格)アスベスト除去の仕事を行ったわけですが、これがなかなかの重労働。防護服、防護マスクを被っての養生、解体作業は想像以上にキツかったですね。

しかしそれ以上にキツかった事があって、土方や建設業って大きい仕事ががっつり入ると休みなく働かなければならないものの、仕事が無い4月(決算前の3月は駆け込み需要で大きな仕事が入ることが多い模様)だと、出勤が月に3~4回なんてこともあり、休みの間は家でゴロゴロしているしかなく、再度母親の口撃に火が付きそうになる有様。仕事内容や給与などよりもそちら(口撃)に我慢が出来なくなり退職しました。
その後ひょんなことから介護の道へ進むことになるのですが、それはまた別の記事にて… 詳細は↓↓↓まで。
今現在就職活動をされている皆さん、「趣味」や「好き」が仕事になるのが最高なのは解っているとは思いますが、趣味や好きなことが仕事として成立するかは全く『別問題』です。好きだから…とか、世間体が…とか、現実逃避の為に安易に職場を選ぶときっと後悔します。嫌々ながら働いている時間って苦痛ですし、何よりも人生の無駄です。自分の経験値にはなりますが…
焦る気持ちは解りますが、これから一生を掛けるお仕事に妥協せず、後々に後悔しないような業種、会社を選んでください。お願いいたします。50を過ぎたオサーンの忠告でした。
最後まで読んでくださった皆様、有難うございます。
貴方にとって、今日よりも素晴らしい明日が訪れますように…
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頂戴したチップは、自分のモチベーション向上のために使わず口座に入れてニヤニヤします(笑)
人生思い通りにはならないが
やった通りにはなる。
