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ダイバーシティの本筋に向き合う

ダイバーシティを自分ごとで考える。
ニューヨークで感じた無意識の差別から続きます。前編はこちら

Black Lives Matterと再び浮かび上がる「ベラフォンテ」

私の意識が再び黒人人種差別に向いたのは、Black Lives Matter(BLM)運動でした。
BLMは「黒人の命も大切だ」「黒人の命を軽視するな」という意味で、黒人への暴力・構造的な差別の撤廃を訴える国際運動です。

2013年「#BlackLivesMatter」というハッシュタグが生まれ、ソーシャルメディアを通じて運動が誕生しました。私もインスタグラムで真っ暗な画面とハッシュタグを見て、少し後の#MeTooとともに、ムーブメントに衝撃を覚えた記憶があります。
どちらも2010年代という現代に起こった、人権や社会構造の変革を求める「ハッシュタグ運動」という共通点を持っていて、私の考え方に影響を与えました。

Black Lives Matterは、2020年5月、ジョージ・フロイドさんが白人警官の暴行で亡くなった事件をきっかけに世界的な運動へ拡がります。
コロナ禍で自粛中の私はニュースやYouTubeで映像を見て、胸が痛くなりました。
警官に押さえ込まれて息ができない、どれだけ怖くて苦しかったことか。
そして、彼は命を落とした。

差別は根深い。
社会が内向きで不安やストレスを抱えると、問題は必ず浮かび上がる。

差別は、遠い世界の話のようで、でも遠くない。私の人生もつながっているのです。

ブランド業界にも押し寄せたダイバーシティの大波

2010年代半ば以降、BLMはグローバルに展開するラグジュアリーブランドに「多様性の意識を根本から見直せ」という圧力を与えました。
LVMHやケリングなどはBLMへの支持を表明し、「多様性のないブランドは生き残れない」という認識が広がりました。
また、文化の盗用についても考えました。ブランドで働く私にとって、#RespectCultureはとても身近だったから。

2010年代は、多様性と文化への尊重をより深く考えさせる時代であったように思います。
ダイバーシティという言葉が考え方とともに定着しました。

私が勤めるヨーロッパブランドも例外ではなく、2019年のグローバルキャンペーンではアフリカ系インフルエンサーを起用。
BLMを踏まえた文脈のグローバルメッセージの翻訳のために、BLMの背景を理解しようと思って、公民権運動をあらためておさらいしました。そして、私は“本当のベラフォンテ”に出会ったのです。

ただの“陽気なおじさん”じゃなかったハリー・ベラフォンテ

公民権運動について、キング牧師の演説くらいしか知らなかった私がネットで記事を読み進めると、そこには公民権運動を支える力強いハリー・ベラフォンテの姿がありました。

私が「陽気なベラポン」だと思っていた人物は、公民権運動の主要な支援者であり、キング牧師の親友。彼は自らの富と名声を運動に捧げ、資金源となり、政府高官へ働きかけ、政治的な橋渡し役も担っていました。

1950年代にカリプソ音楽を世界に広めた成功者でありながら、その地位を“私腹を肥やすため”ではなく、“社会正義のため”に使った人。

私の記憶にある「ハヴァ・ナギラ」はユダヤ民謡であり、ベラフォンテは、カリプソだけでなく、世界の民族音楽を取り入れていたり、広い視野の持ち主でした。
自分の出自とは異なるルーツの歌をアフリカ系の人が歌う。公民権運動が盛んになる以前、人種差別が色濃く残る時代には、「混ぜる」ことは自由な発想であり、勇気が必要なことだと思います。

半世紀以上前に、ダイバーシティの価値観をアーティストとして体現したのです。

公民権運動後も、アパルトヘイト反対運動やアフリカ飢餓救済、「We Are The World」を提唱するなど、国際的な人道支援活動に尽力していました。
1985年、10歳の私に「チャリティーが示す希望」を教えてくれたあの曲(なぜかスティービー・ワンダーの曲だと長いこと勘違いしていた)にも、ベラフォンテはいたのです。

35歳でその曲が、スティビー・ワンダーと愉快な仲間たちではなく、マイケル・ジャクソン中心の作品だと知り、40代になって、ベラフォンテがコーラスパートを歌っていたこと、そして「ベラフォンテが言うなら」とたくさんのアーティストがアフリカのために動いたことを知りました。アフリカを救うための世界のムーブメントを動かした一人がベラフォンテだったのです。

“ペイ・フォワード”の精神と、96歳のベラフォンテ

ベラフォンテは、社会を変えるアーティストの象徴であり、アメリカの黒人史・社会運動史に残る“伝説的アイコン”です。

アメリカには、社会的に成功した人が、幸福のバトンを渡していくという「ペイ・フォワードの精神」があります。アメリカ系企業が社会貢献活動に力をいれるのもその考えがあるから。もちろん節税と売名もありますが。
アメリカのショービジネス界のペイ・フォワードの根っこに、ハリー・ベラフォンテがいたのです。

BLMをきっかけに私は彼の功績を知り、名声を得た後も弱い人のために声を上げ続けた姿勢に深く胸を打たれました。
そして、2020年代に、90代を超えたベラフォンテがまだ存命なことにも驚きました。

アメリカの人種差別との戦いは“昔の話”ではない。戦った人が生きている。今も続いていると思ったのです。

BLMを「黒人の命も大切だ」と訳すより、私は「黒人が生きるのは大変だ」という訳のほうが腑に落ちます。公然の差別だけでなく、20歳の私が感じたステレオタイプな“無意識の差別”とも闘いながら生きるからです。

ベラフォンテは、アメリカ国内の差別をなくし、世界へその価値観を広げようと活動を続けました。“ペイ・フォワード”の精神をショービジネスの世界でも体現した人でした。

2023年に96歳で亡くなったニュースを見たとき、幼いころ父が言った「ベラポンは歌で世界を変えている」の意味が、ようやくわかった気がしました。

バイデン米大統領の声明に感動しました。
「功績は偉大だ。率直な主張、思いやり、人間の尊厳への敬意というレガシーは続く。偉大な米国人として記憶される」


世界はまだ変わる途中にあるけれど、あなたのハートは確かにつながっている。

TikTokで流れてくる「We Are The World」の動画に若き日のベラフォンテを見つけたとき、徒然に思い出しました。

余談ですが、Netflixに「ポップスが最高に輝いた夜 “We Are The World”収録の裏側を描くドキュメンタリー」があります。深い角度で1985年のムーブメントを見れそうです。私は、その後の世界線も知っている。

1985年のチャリティーとBLMは、同じ文脈で語られないかもしれませんが、ハリーベラフォンテという人で繋がっています。
「ポップスが最高に輝いた夜」を観るしかありません。

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