ビリヤニから幸せを考察し、不本意な徹夜へ続く
前編から続く
ビリヤニのA面とB面
私のビリヤニの入り口は、ダバインディアのマトンビリヤニ。そして、インドを旅したときに食べた、やたらとリッチでマイルドな観光客向けのチキンビリヤニでした。なぜか薔薇の香りしました。
豊かなインド料理を体現する一皿。少し、祝祭の香りがするような華やかなお料理。
その後、仕事でご一緒した元バックパッカーから勧められて、辺見庸「もの食う人びと」を再読します。
第一章「残飯を食らう」の舞台は、バングラデシュの首都ダッカでのビリヤニ体験でした。
ここで私のビリヤニ観は変わります。
登場する「ビリニ」は、私が知っている華やかな祝祭の匂いがするご馳走のビリヤニではありません。
高級ホテルや富裕層の結婚式で出た、食べ残しのビリヤニ。ダッカには、それらの残飯を回収して貧民層向けに再販する「残飯市場」が存在していました。
辺見庸はその市場へ赴き、ハエがたかり、誰かの歯型がついた肉が混ざる「冷えたビリニ」を、強烈な悪臭のなかで口にします。あまりの生々しさに思わず皿を放り出す。
その「ビリニ」は、貧しい人に循環させる残飯としてのビリヤニでした。
私が知っている華やかな一皿は、ビリヤニA面。ビリヤニにはB面もあるのです。
貧困と紙一重だった40歳
その本を再読した40歳のとき、私は新卒から働いた会社を辞めて、前向きな無職期間をエンジョイしていました。次を決めないで仕事を辞めることの無謀さはわかっているつもりでした。でも、私は自分のために時間を使って、自分を回復したい。だから、この休みが必要だと思っていました。
2か月分近くある有給で、箱根の温泉に行き、千葉の海産物を食べる小旅行に行ったり、スペインに3週間一人旅をしたり、大阪で取引先の人と遊んで、飲み歩いたり。一人でホテルステイをして、ルームサービスを頼み、新聞と持ち込んだ本だけを読む「デジタルデトックス」もしました。
私にとっては、生きていくための休みであり、地味ながら祝祭でした。
でも、雇用保険の給付の終わりが見えるのに、次の仕事が決まっていないとき、私は自分が貧困と紙一重だと感じたのです。
私は今、きっと仕事は決まると信じて祝祭の時間を楽しんでいるけれど、このまま決まらなかったらどうなるのだろう。
すぐ先には、残飯のビリヤニを食べる側の人生が待っているかもしれないのだ。残飯の世界は、思いの外、私の世界とつながっている。
6月から有給消化に入り、遊んでいた私は、幸い11月に内定をして、12月半ばから働くことになりました。
貧困と紙一重だった私は、内定には安堵が大きかったです。
私は会社に属せる。肩書きがあるんだ。そして、収入がある。
幸せな土曜日の夜
「もの食う人びと」を読んで以来、久しぶりに食べるビリヤニ。
トウキョウバワンは、土曜の夜のフェスティブな雰囲気に包まれていました。
日本人のお客さんたちは、ミールスを食べていて、ビリヤニは食べていなかったけれど、ビールやインドのワインを飲んで楽しそう。
インド人のご家族は、びっくすするくらい大きなドーサを食べ、ビリヤニも食べていました。
そこには、愛する家族と過ごす土曜日の夜の幸せが、優しく漂っていました。
私も彼と二人でビリヤニを食べている。
幸せじゃないか。
スパイスの汗と東京の汗
食事が進むにつれて、身体の奥から発汗するスパイスの辛さ。
汗かきの彼は玉のような汗をかいて、私も額の汗が止まりません。
クーラーが効いたお店から外に出たら、どれだけ汗をかくんだろう。
湿度80%、体感30度。むっとして、空気が重いです。昔の言葉なら、不快指数85%以上。
スパイスの汗と、猛暑日の東京の夜に暑さでかく汗。
スパイスと暑さ、2種類の汗をかきながら、「雨よ降らないで!」と念じて帰りました。寄り道するスーパーとコンビニのエアコンで、生き返りました。
彼とは「また行きたいね」と言っていますが、涼しくなってからだな。
アラフィフカップルが真夏に食べるには、ビリヤニはだいぶ刺激的でした。
とりあえず最近のビリヤニブームに乗れたし、幸せなビリヤニが食べられたから、今日のディナーは最高だったでしょう。
しかし、スパイスで脳が覚醒してしまった私。今晩は徹夜でした……。空が白んで、明るくなりました。そして、セミの声もしてきました。
徹夜の私は、彼の朝ご飯用にお弁当を作って徳を積みました。朝になったら、眠ってるかもしれないから。
更年期女子には、スパイスの発汗作用と覚醒作用が激しい効力を発揮してしまうようです。目下の甲乙つけ難い悩みの一つです。
今日も暑いです。引き続き一歩も出ない予定。
早く眠れるといいな。
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