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ビルは山


noteにまたお尻を叩かれる。
おかげで続く。
書きたいことはいくらでもあるのだけどなあ…。
Instagramはいつかnoteにということを書くことが多いので、草稿が溜まる一方。
選択肢がありすぎるのも困りもので、何を書こうかと考えあぐねていたところに救世主。

私の帰りたい場所かぁ…。
考えても考えても出てこない。

考える方向を変えて、どうしてなのだろうと考えてみると、そうだ、自分が誰かの帰りたい場所を営んでいるからなのだろう。

いつか、あの人が帰ってくるかもしれない、あの人も、あの人も。
そんな風に想いながら過ごす日々には、ホームシックになる心の隙間がないのだ。

ここをアウェーだと感じる瞬間がなければ、帰りたいと思うことはないのかもしれない。

自分の生まれ育った場所(建物)がもう無いというのも大きいと思う。
東京(23区の中でも川がない区)生まれの原風景というのは建物(お店)であることが多いのでは無いだろうか。

移住した理由を聞かれるたびに、自然を切望していたという前置きの後「都庁の赤い点滅灯を眺めながら過ごしてきたんです」と答える。

比喩的な感じで聞こえると思うのだけど、実際にそうなのだということを、小学校の卒業アルバムを引っ張り出してきて見せると「えっ?合成みたい!」と海と山に囲まれたこちらの高校生は叫んだ。

もちろん帰りたい瞬間は沢山ある。
…あの頃の下北沢とか。

帰りたい場所がないというか、あそこも、あそこも、あそこも、帰りたい場所はもう無い、なのだ。

これから函館を離れることがあったら、間違いなくこの街は帰りたい場所になるだろう。

なんなら一泊旅行に行くだけで、翌朝は函館山が思い浮かぶ。

ちょっとお出かけして北から帰ってる時に函館新道を走行中に迫ってくる函館山を見ると、なんとほっとすることか。

青森からフェリーで帰ってくる時に迫ってくる函館山を見ると、なんとほっとすることか。

北から帰ってくる時に出迎えてくれる駒ヶ岳も同じ気持ちにさせる。

見続けている山や川や海というものの心への浸透力は凄まじいものだ。
幼少期に刷り込めなかった原風景を毎年毎年刷り重ねている。

この街は住んでいても、わたしの帰りたい場所だ。

新宿御苑に代々木公園、和田堀公園、大人の行動範囲ならそれなりな豊かな自然に足を運ぶことはできるのだけど、小学生にとって南中野周辺はコンクリートジャングルだった。
本当にすごい場所で育ったのだな。

あの頃の函館山と同じ現象は、よく行っていた江ノ島から帰ってきた時の小田急線で迫ってくる新宿のビル群。
そうか、東京都民にとってビルは山なのか。
高めの建造物がなくなることは、自然界では起こるわけがない原風景の山がパッと消滅するということ。

帰りたいと思うかは別として、帰った時には都庁の展望台に足が向かってしまう。

(これは3年前だけど随分とビルが増えた)中野の方角にサンプラザが見える。
解体が中止になったそうだ。
うっすら残っている中野区民のアイデンティティ。
サンプラザが無くなった時、実はうっすら残っているかもしれない帰りたい場所という気持ちは消えてしまうだろう。

でも、大丈夫。
私は函館山を刷り直したのだから。
人間の生きる長さでは絶対に消えるはずのない原風景を。

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近藤 伸  /  クラシック(函館) いただいたチップは、数字から硬貨に形を変えて、函館市の個人商店を巡る旅に出てもらおうと思います。

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