建築家の空想休憩 第十四話|水の底に暮らす都市──海と共存する未来を、少しだけ現実寄りに考えてみる
今回は、いつもの空想よりも少しだけ現実寄りに考えてみました。
水中都市。
そう聞くと、まるでSFやファンタジーの世界のように感じます。
海の底に沈んだ街。
青い光に包まれた建物。
窓の外を魚が通り過ぎ、遠くに失われた都市の影が見える。
それは確かに、空想の世界です。
けれど、少し視点を変えてみると、
水中都市という発想は、完全な夢物語とも言い切れない気がします。
地球の表面の約7割は海だといわれています。
私たちは「地球に住んでいる」と言いながら、
実際にはその限られた陸地の上に、都市をつくり、道路をつくり、住宅を建ててきました。
山を削り、川を整え、海を埋め立て、
少しでも暮らせる場所を広げながら、都市は発展してきました。
けれど、これから先も同じように、
陸地だけを前提に都市を考え続けることができるのでしょうか。
近年、気候変動による海面上昇が大きな課題として語られています。
すでに世界のいくつかの地域では、浸水や高潮、塩害、沿岸部の居住環境の変化が現実の問題になっています。
海は、遠くにある風景ではなくなりつつあります。
これまで都市にとって海は、
眺める対象であり、
港として利用する場所であり、
時には堤防で防ぐべき存在でした。
つまり、都市と海のあいだには、いつも境界がありました。
こちら側が陸。
あちら側が海。
しかし、これからの時代には、
その境界線そのものが少しずつ揺らいでいくのかもしれません。
海から逃げるのか。
海を防ぐのか。
それとも、海と共存する方法を考えるのか。
水中都市という空想は、
その問いを少し極端な形で見せてくれるものだと思います。
もちろん、いきなり海の中に都市をつくる必要はありません。
現実的に考えれば、海と共存する都市には段階があります。
まずは、海から都市を守ること。
防潮堤、護岸、排水設備、止水板、地下空間の浸水対策。
これは、すでに多くの都市で行われている防災の考え方です。
次に、海に近い場所での暮らし方を変えること。
建物の1階を浸水しても被害が少ない用途にする。
重要な設備を上階に上げる。
ピロティや高床式の構造を採用する。
水が来ることを完全に拒否するのではなく、
ある程度受け流す建築を考える。
さらに進めば、海に浮かぶ都市という考え方もあります。
浮体式の建築。
海上の公共施設。
波や潮の動きに合わせて、ゆっくり揺れながら存在する住宅や都市。
これはすでに、世界のいくつかの場所で研究や構想が進められている分野です。
そして、その先にある極端な空想として、
海の中に都市をつくるという発想があります。
では、もし本当に海中で暮らすとしたら、
何をクリアしなければならないのでしょうか。
まず大きな問題は、構造です。
水中では、建物に水圧がかかります。
深くなればなるほど、その圧力は大きくなります。
地上のように、四角い箱を積み上げるだけでは済みません。
球体、円筒形、ドーム形のように、
圧力を分散しやすい形が必要になるでしょう。
水中都市の建築は、
地上のビルの延長ではなく、
潜水艦や海洋構造物に近いものになるはずです。
つまり、水中都市は自由な形の夢ではありません。
水圧という現実に従って、形を決めなければならない都市です。
次に、空気の問題があります。
人間は水中では呼吸できません。
当たり前のことですが、水中都市を考えるとき、これは最も基本的で最も重要な条件です。
酸素をどう供給するのか。
二酸化炭素をどう排出するのか。
湿度をどう管理するのか。
気圧をどう保つのか。
水中都市は、単なる建築ではありません。
そこに人が住むためには、都市全体が巨大な生命維持装置になる必要があります。
これは、住宅というよりも、
宇宙ステーションに近い考え方かもしれません。
次に、エネルギーの問題があります。
水中都市では、電気が止まることは暮らしの不便では済みません。
場合によっては、命に関わります。
照明。
換気。
酸素供給。
排水。
通信。
温熱環境。
非常用設備。
そのすべてが、安定したエネルギーに依存します。
海の力を利用するなら、波力、潮流、洋上風力、太陽光との連携などが考えられます。
ただし、完全に水中だけで完結させるのは難しいでしょう。
現実的には、海上施設と水中施設を一体で考える必要があります。
海の上にエネルギーや物流の拠点があり、
海の中に居住や研究、滞在の空間がある。
そのような複合的な都市構成になるのではないでしょうか。
さらに重要なのは、避難の問題です。
地上の建築であれば、何かが起きたとき、外に逃げることができます。
しかし水中都市では、外は海です。
火災が起きたらどうするのか。
浸水したらどうするのか。
停電したらどうするのか。
構造に損傷が出たらどうするのか。
複数の避難経路。
気密区画。
非常用ポッド。
海上へ上がるための垂直動線。
独立した予備電源。
外部とつながる通信設備。
水中都市では、日常の設計と非常時の設計を切り離すことができません。
安全計画そのものが、都市の骨格になります。
そして、もうひとつ忘れてはいけないのが、心理的な問題です。
水中で暮らすということは、
窓の外に空がないということです。
昼と夜の変化が感じにくい。
外に出ることが簡単ではない。
常に閉じられた空間にいる。
水の重さに囲まれている。
これは、人によってはかなり大きな負担になるはずです。
だから水中都市には、単に安全な構造や設備だけではなく、
人が落ち着いて暮らせるための空間が必要になります。
人工的な空。
水面から光を取り込む光井戸。
大きな共用広場。
植物のある室内庭園。
外の海を美しく感じられる窓。
音がこもりすぎない空間。
時間の変化を感じられる照明計画。
水中都市で本当に大切なのは、
「人間がそこに長くいられるか」
ということなのかもしれません。
技術的に住めることと、
人間らしく暮らせることは、同じではありません。
ここに、建築が考えるべき余地があります。
もうひとつ、大きな問題があります。
それは、海の環境への影響です。
海と共存すると言いながら、
海を壊してしまっては意味がありません。
建設時の濁り。
海底地形の改変。
生態系への影響。
人工照明による生物への影響。
騒音。
排水。
メンテナンスによる環境負荷。
水中都市は、人間にとっては未来の可能性かもしれません。
けれど、海にとっては突然現れる巨大な異物でもあります。
だから、水中都市を考えるときに必要なのは、
海を征服する都市ではありません。
海に少しだけ場所を借りる都市。
海の環境を読みながら、慎重に存在する都市。
人間だけの都合で広がらない都市。
つまり、海に居候するような都市です。
この考え方は、少し不自由に見えるかもしれません。
けれど、その不自由さこそが、これからの建築には必要なのではないでしょうか。
これまでの都市は、
人間の都合に合わせて自然を変えてきました。
土地が足りなければ埋め立てる。
川が邪魔なら流れを変える。
山があれば削る。
海が迫れば堤防をつくる。
もちろん、それによって多くの暮らしが守られてきたことも事実です。
けれど、これからの都市は、
自然をただ押し返すだけではなく、
自然との距離の取り方を考えなければならないのだと思います。
水中都市は、まだ空想です。
明日すぐに、私たちが海の底で暮らし始めるわけではありません。
現実には、技術的にも、経済的にも、法的にも、環境的にも、
越えなければならない問題が山ほどあります。
それでも、水中都市という空想には意味があります。
それは、海の中に住むためというよりも、
私たちがこれから海とどう向き合うのかを考えるための装置だからです。
陸だけを前提にしてきた都市。
海を境界線の外側に置いてきた建築。
自然を制御することで成り立ってきた暮らし。
その前提が、少しずつ変わろうとしているのかもしれません。
水の底に都市をつくる。
それは、まだ夢物語かもしれません。
けれどその夢物語は、
未来の都市が避けて通れない問いを、
静かにこちらへ差し出しているように思います。
海と戦うのではなく、
海から逃げるのでもなく、
海とどのように距離を取りながら暮らしていくのか。
水中都市とは、
その問いを少しだけ先回りして考えるための、
建築家の空想なのかもしれません。

建築は、完成した瞬間だけでなく、
時間の中で少しずつ変化していくものでもあります。
水中都市を考えていると、建築と時間の関係について書いたこちらの記事にもつながってくるように感じます。
海の中に建築を置くとしたら、
素材はどのように変化し、どのように海と付き合っていくのでしょうか。
建築の素材と時間について考えた記事はこちらです。
現実の建築から少し離れて、
まだ存在しない場所を想像してみる。
そんな空想から建築を考える記事を、こちらにもまとめています。
はじめて読んでくださった方へ。
このnoteでは、建築、暮らし、時間、そして日本と韓国の住文化について、建築家の視点から記録しています。
私がどのような立場で、どんなテーマを大切にしながら書いているのかは、こちらのプロフィール記事にまとめました。
よろしければ、あわせて読んでいただけるとうれしいです。
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