スキマから見える業務のかたち#1 |なぜ業務設計者は“境界”に立つ必然があるのか
「ここは、うちの部署の管轄ではありません」 「てっきり、そちらで処理してくれていると思っていました」
オフィスで静かに交わされる、こんな会話。 そこには、誰も悪意を持っていません。皆、自分の与えられた役割を全うし、目標(KPI)に向かって誠実に走っているだけです。 それなのに、部署と部署のあいだで、大切なボールが音を立てて落ちていく。
会社という組織が大きくなり、機能が分化していく過程で、必ず「境界」が生まれます。 営業、開発、カスタマーサクセス、管理部門。 役割が分かれ、「ここまでが自分の責任範囲です」という線が引かれる。
私たち業務設計者の仕事は、その「線と線のあいだ」──つまり、どの機能にも属していないスキマから始まります。
■ 境界は「KPIが届かない領域」である
営業とCSのあいだ。企画と開発のあいだ。 この「あいだ」の領域には、共通する一つの特徴があります。 それは、どちらの部署のKPI(目標数値)にも含まれていない、ということです。
誰も評価されないから、誰も最適化しようとしない。 誰の責任範囲でもないから、誰も深く知ろうとしない。
そうして放置された境界には、少しずつ不具合や摩擦の種が降り積もっていきます。 組織の痛みは、特定の部署の中ではなく、この「誰も見ていないスキマ」で静かに育っていくのです。
■ 気合いや「調整役」で境界を埋めない
境界でボールが落ち始めると、私たちはつい「誰か」をそこに立たせて解決しようとします。 「連絡係」を任命したり、「気合いでカバー」するよう現場に求めたり。
しかし、境界の問題は、人が怠けているから起きるのではなく、「構造のズレ」が生み出しているものです。 そこに無理やり人を割り当てても、その人が疲弊し、いなくなればまた同じ場所でボールが落ちるだけです。
だからこそ、業務設計者が境界に立つのは、自分がその場でボールを拾い続ける(調整役になる)ためではありません。 こぼれ落ちるものを観察し、データの流れやワークフローを整え、人ではなく「しくみ」で境界を縫い合わせるための準備をするのです。
■ 成果が「他者の手柄」になる静かな職能
境界がしくみで縫い合わされると、何が起きるか。 営業の入力が楽になる。CSのクレーム対応が減る。開発が手戻りなく作業できる。
つまり、業務設計の成果は、自分の手元ではなく「他の部署の成果」として現れます。 「最近、なんだか業務がスムーズに進むようになったね」 そう言われる頃には、しくみを整えた設計者の存在は、風景の中に溶け込んで見えなくなっています。
評価指標に直結しにくく、名前のない職能。 けれど、その「誰の手柄でもない場所」に立てる人間がいないと、組織はあっという間にサイロ化し、息苦しくなってしまいます。
■ スキマを見つめるまなざし
誰かの頑張りや、現場の自己犠牲に頼るかたちでは、境界の摩擦は消えません。 それは、境界そのものが構造の産物だからです。
どこにも属さないからこそ、見える景色がある。 評価の枠組みから外れているからこそ、繋げるものがある。
スキマに生まれる問題は、スキマに立つ者にしか解くことができません。 これが、組織において業務設計者という存在が「境界」に立つ、静かな必然なのです。
さらに深く「スキマ」の思考に触れたい方へ
なぜ私たちは、評価されない「境界」に立ち続けるのか。業務設計者という存在論(層Ⅰ)や、そこで起きる構造の歪みについて、さらに思考を深める回廊をご用意しています。
▶ シリーズの次のお話 スキマから見える業務のかたち#2|役割の構造をどう読み解くのか
境界に立つ私たちが、対立する部署同士の「見えない前提」をどう読み解き、どう翻訳していくのかについてお話しします。
▶ 孤独を感じるすべての境界の住人へ #業務設計者論 |しくみの狭間に立つ設計者のまなざし
板挟みになり、誰にも理解されない孤独を感じている方へ。組織の中で「迷子のような孤独」を抱えるあなたに宛てた、このnoteの序章です。
▶ 名前のない仕事に光を当てる #業務設計者論 |名前のない職能に輪郭を与える
評価されにくく、可視化されにくい「しくみを作る仕事」に、どうやって意味と輪郭を持たせていくのかを紐解きます。
