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標準化のスキマ#1|現場が「備考欄」を作る本当の理由

はじめまして。「しくみのスキマ」へようこそ。

いきなりですが、あなたの職場のファイルサーバーの奥深くに、こんな名前のファイルは眠っていないでしょうか。

「〇〇業務進捗管理表_統一フォーマット_v3_最終_個人用_修正版.xlsx」

全社的な業務改善の号令とともに、新しいシステムや入力ルールが配られる。それは、どの組織でも定期的に繰り返される「標準化」のスタート地点です。
しかし、数ヶ月もすると、そのピカピカだったはずの統一フォーマットは、現場の手によって原型をとどめないほどに改築されてしまいます。

全4回のシリーズ「標準化のスキマ」では、標準化という言葉がなぜ現場をすり抜けてしまうのか、その構造を解き明かしていきます。
第1話は、私たちの身の回りで静かに進行している、ルールの崩壊プロセスについて覗き込んでみましょう。

机の上で描かれた「完璧な四角形」

「明日から、各案件の進捗はすべてこの共通フォーマットに入力してください。プルダウンで選ぶだけなので、皆さんの手間も省けるはずです」

本社やシステム部門から配られたそのファイルは、無駄がなく、とても論理的に設計されています。
案件名、担当者、売上見込。そして進捗ステータスは「順調」「遅延」「完了」から選ぶだけ。誰が入力しても同じ粒度でデータが揃い、経営層のダッシュボードには美しいグラフが自動で描画される。
机の上で描かれたその設計図は、まさに完璧な四角形です。

導入された最初の1週間、現場のメンバーは言われた通りに、その四角い枠の中に自らの業務を流し込んでいきます。データは綺麗に揃い、標準化は成功したかに見えます。

しかし、現場の泥臭い現実は、決して四角いセルには収まりきりません。
1ヶ月後、完璧だったはずのフォーマットに、最初の「綻び」が生まれます。

セルに収まらない「泥臭い現実」

ある日、現場の担当者であるAさんは、顧客の都合で納品を意図的に遅らせる決断をしました。
システム上のステータスは「遅延」です。しかし、この遅延は顧客のピンチを救うためのものであり、これを恩に着せることで、来期のさらに大きな契約がほぼ確約されています。現場からすれば、これは「名誉ある戦略的遅延」です。

しかし、統一フォーマットのステータス欄には「順調」「遅延」「完了」の3つしかありません。
ここでAさんが馬鹿正直に「遅延」を選べばどうなるでしょうか。

遠く離れた本社でデータを見ている上層部は、背景など知る由もありません。ただ赤く光る「遅延」の文字を見て、「Aの案件が遅れている。たるんでいるんじゃないか。至急状況を報告させろ」とマネージャーに圧力をかけるでしょう。

このまま「遅延」と入力したら、自分の評価が下がり、余計な報告業務が増える。
そう直感したAさんは、プルダウンの横のセルに勝手に列を挿入し、「備考」という欄を作り出します。
そして、そこにびっしりと「※顧客都合による戦略的リスケジュール。次期大型案件への布石であり問題なし」と書き込みました。

これが、標準化が崩れる第一歩です。
一度「備考欄」という名の抜け道が作られると、独自のルール化は止まりません。

翌月には、別の担当者がセルの背景を黄色に塗りつぶし始めます。
これは「ステータスは順調にしてあるけれど、実は少しトラブルの火種があって、上司には後で口頭で説明したい」という、システムを通じた無言のシグナルです。

こうして、標準化のために導入されたはずのフォーマットは、人によって粒度もルールもバラバラな、解読不能なファイルへと姿を変えていくのです。

ルール破りではなく「自己防衛」

月末、集まったデータを集計する管理担当者は、独自ルールで改変されたファイルを見て頭を抱えます。
「ルールを決めたのに、なぜ現場は守ってくれないのか」
そして、ため息とともに、入力規則をさらに厳しくロックした「統一フォーマット第2版」が配られ、また同じいたちごっこが繰り返されます。

この現象を前にしたとき、私たちはつい、現場のITリテラシーが低いからだ、コンプライアンス意識が足りないからだと、個人の怠慢に原因を求めてしまいます。

しかし、しくみのスキマに立つ業務設計者の視点から見れば、景色は全く異なります。

現場の人たちは、決して怠けているわけではありません。ルールを破壊したいわけでもありません。
むしろ彼らは、複雑で立体的で、ドロドロとした「目の前の現実」を、なんとかして平面的で無機質なシステムに押し込めようと、真面目に奮闘しているのです。

備考欄を作り、セルを黄色に塗る。
その涙ぐましい手作業のすべては、システムに自分の評価や現実を誤読されないための、必死の「防衛本能」です。

人が介在する業務には、必ずこの防衛本能が働きます。
システムが求める冷たいデータと、現場が抱える熱の摩擦。この構造的なスキマを無視して、ただ入力ルールだけを厳しくしても、現場は息を潜めて別の抜け道を探すだけです。

では、なぜ人は、これほどまでにデータに「言い訳」や「事情」を乗せようとしてしまうのでしょうか。
次回、第2話では、この現象のさらに奥にある、人間がデータを入力する際の「翻訳プロセス」と、組織の力学について覗き込んでみたいと思います。

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