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重力と引力 #36 |回廊Ⅳ 引力5:癒着の発見と、痛みを伴う切断

若手リーダーの顔から、さっと血の気が引くのが見えた。 私は通話を終えたスマートフォンをデスクに放り投げ、彼らの背後へと歩み寄った。

「どうした。何にぶつかった」 「……これを見てください」

若手リーダーが指差した黒いターミナル画面の中央で、たった一つのプロセスが、新しく確保したはずのメモリ領域を異常な速度で食い荒らしていた。

「旧型の顧客分析モジュールです」 彼の声には、先ほどまでの熱気に代わって、冷たい絶望が混じっていた。 「新しく組んだバイパスの処理と、この旧モジュールの定期バッチが、コア領域で完全にデッドロックを起こしています。このままでは、あと十分でシステム全体が道連れになります」

「旧型の顧客分析」という言葉に、私の胃の奥が重く沈んだ。 それは数年前、社長の肝いりで導入された巨大なレガシー機能だ。現場の誰もそのデータを使っていないにもかかわらず、本部長をはじめとする上層部は、そこから出力される「見栄えの良いグラフ」を役員会での報告(アピール)に使い続けている。彼らにとって、それは絶対に手放せない既得権益の象徴(トーテム)だった。

「プロセスを一時停止して、処理を逃がせないのか?」 「ダメです……システム根幹に癒着(ハードコード)されていて、外部からの制御を受け付けません」 若手リーダーは、キーボードの上に置いた両手を強く握りしめた。 「コアを安定させる、唯一の方法は……」

彼は口ごもった。 その先に続く言葉の「政治的な重さ」を、彼もまた痛いほど理解しているからだ。

「……根元から、完全に切り離す(デリートする)しかありません」

フロアに、重く冷たい静寂が落ちた。 本部長の英断という「嘘」を隠れ蓑にして、ここまでシステムの修正を進めてきた。だが、この社長肝いりの機能を跡形もなく消し去れば、それはもはや「事後報告」や「解釈」で誤魔化せる範疇を超える。 明確な反逆として、私たちは無菌室からの凄まじい報復を受けることになるだろう。

若手エンジニアたちが、すがるような目で私を見上げている。 「……やっぱり、無理ですよね。別の迂回ルートを探し――」

「いや」 私は、警告を吐き出し続ける赤い画面から目を離さずに言った。

波風を立てまいと、過去の遺産をすべて抱え込んだまま、1割の微修正(パッチワーク)でやり過ごそうとする組織は、いずれ自らの重みで確実に圧死する。 組織を、そしてシステムを真に生かすためには、不要になった過去のリソースを容赦なく破壊し、捨て去らなければならない。

価値の低いものを「止める」という痛みを伴う決断から逃げ続け、すべてを丸く収めようとした「善良な怠慢」の成れの果てが、この崩壊寸前の泥舟なのだ。

すべてを守ることはできない。 未来の空間を切り拓くためには、最も重い過去を、この手で切り捨てなければならない。

私は、息を呑んでこちらを見つめる二人のエンジニアに向き直った。 その目に、かつて「無菌室のルール」に縛られていた管理職の迷いは、もう微塵も残っていなかった。

(引力6へ続く)



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