AIに「いい感じで」が通じないもどかしさの正体 — それは「阿吽の呼吸」を見直す合図かもしれない
話題の生成AI、皆さんも一度は触ってみたでしょうか。
「業務効率化だ」「これからはAIの時代だ」
そんな世間の熱気に押されて、日報の要約やメールの作成を頼んでみる。
「これ、いい感じでまとめといて」と。
けれど、返ってくるのはどこかピントのズレた、優等生すぎる回答ばかり。
「うーん、そうじゃないんだよな……」
結局、手直しするくらいなら自分で書いた方が早い。
そうして、そっとブラウザを閉じてしまった経験はありませんか。
その「使えなさ」に絶望してしまう気持ち、痛いほどわかります。
でも、少しだけ立ち止まって考えてみてほしいのです。
もしかすると、その絶望の正体は、AIの性能不足ではないかもしれません。
私たちが普段、無意識に行っている「ある特殊技能」が、彼らには通じないだけなのかもしれないのです。
私たちは「エスパー」として働いている
日本の職場というのは、世界的に見ても驚くほどハイコンテキストだと言われています。
「あれ、どうなった?」
「あ、例の件ですね。やっときます」
これだけで仕事が回る。
これは実は、ものすごいことです。
私たちは長年の関係性の中で、
「例の件」が何を指すのか
「やっとく」がどのレベルの品質を意味するのか
誰に、どこまで配慮すべきなのか
という膨大な文脈を、言葉にせず共有しています。
言わば、私たちは毎日
「エスパー」のように行間を読み合って仕事をしているのです。
そこに現れた生成AI。
彼らは、超優秀ですが、生まれたての異邦人です。
この会社(あなたの文脈)の空気も知らなければ、
あなたの好みも、過去の経緯も一切知りません。
そんな彼らに「いい感じで」と投げるのは、
初めて入った海外のレストランで、メニューも見ずに
「私好みの最高の一皿を出して」と頼むようなもの。
出てくるのは当然、
誰にでも当たり障りのない普通の料理(=汎用的な回答)です。
「気が利かない」のではなく、
私たちが「好みを伝えていない」だけなのです。
AIという鏡が映し出す「排除の構造」
ここまでは、よくある「AI活用」の話です。
ですが、「しくみのスキマ」として、もう少し奥にある構造を覗いてみましょう。
「いい感じで」が通じないAIに、もどかしさを感じたとき。
私たちは無意識に、こう思っていないでしょうか。
「気が利かないな」
「これだから機械は」
けれど、もし相手がAIではなく、
新しく入ってきた部下だったらどうでしょう。
「あれやっといて」
「すみません、あれとは何でしょうか」
「……(チッ)そんなことも分からないのか。もういい、自分でやる」
かつての昭和的な、
あるいは今でも多くの職場に残るこの光景。
私たちはこれを
「若手の能力不足」
「相性が悪い」
という言葉で片付けてこなかったでしょうか。
「阿吽の呼吸」
「一を聞いて十を知る」
これらは長らく日本的な美徳とされてきました。
しかし見方を変えれば、これは
「文脈を共有できない人間を、静かに排除するシステム」
としても機能してきました。
言葉にしなくても察せる人だけが評価され
察せない人は「能力不足」とされる
それは、言語化という
「設計者の責任」を放棄し、
受け手の「察するコスト」に一方的に依存した、
とても閉鎖的なムラ社会の構造そのものです。
AIは傷つきません。
だから平気で「わかりません」と言うし、空気を読まない回答を返します。
その姿は、
私たちがこれまで無自覚に「能力不足」として切り捨ててきた
異邦人たちの姿そのものなのかもしれません。

プロンプトとは「業務の設計」である
そう考えると、AIへの指示出し
(プロンプトエンジニアリング)は、単なるITスキルではありません。
それは、
私たちが「空気」で済ませてきた部分を、
誰にでもわかる「言葉」へと開いていく行為です。
つまり、業務設計そのものです。
難しく考える必要はありません。
料理の注文と同じです。
あなたは誰か(役割)
→ イタリアンのシェフとして背景は何か(文脈)
→ 疲れているので、さっぱりしたものが食べたい何をしてはいけないか(制約)
→ ニンニクは抜きで
これを仕事に置き換えると、こうなります。
×「この議事録まとめて」
○「あなたはプロの編集者です。この議事録を、時間のない役員が30秒で読めるように、箇条書きで要点を3つに絞ってまとめてください」
いかがでしょう。
これなら、AIも「なるほど、そういうことですね」と腕を振るってくれるはずです。
そしてこれは、そのまま
人間の部下への指示としても、極めてクリアで親切なものです。
「言葉にする」は、自分と組織を助ける
面倒くさい、と感じるかもしれません。
「なんで機械相手に、そんなに丁寧に説明しなきゃいけないんだ」と。
けれど、AIへの指示出しがうまくなるということは、
自分たちが普段、いかに雰囲気で仕事をしていたかに気づくことでもあります。
業務の目的は何か
制約は何か
ゴールはどこか
AIという鏡に向かってそれを言葉にする練習は、
これまで「察する力」のある人だけに依存していた
組織のOSを書き換える作業でもあります。
AIに「いい感じで」が通じないもどかしさを感じたら、
それはチャンスです。
阿吽の呼吸という名の見えない排除から抜け出し、
仕事をちょっとだけシンプルに設計し直す合図なのかもしれません
🍵 もっと深く「スキマ」を覗きたい方へ
この「もどかしさ」の正体は、あなたのスキル不足ではありません。AIと人間の間にある「認知構造の断絶」が原因です。
そのメカニズムを解き明かすための「設計図」を3つ用意しました。
■ なぜ、AIとは「阿吽の呼吸」ができないのか?
言葉の問題ではありません。私たち人間が無意識に行っている「共同注意(Joint Attention)」という機能が、AIには決定的に欠けているのです。
指示出しのスキルを磨く前に、まずこの「ズレる構造」を知ってください。
■ 「視座」が違うと、同じ指示でも全く違う意味になる
「いい感じで」という言葉は、受け手の立っている場所(視座)によって、その意味が180度変わります。
プロンプトをいじる前に、相手がどこから世界を見ているのか、その「認知の設計図」を理解することが、最短の解決策です。
■ そのもどかしさは、あなたが「翻訳者」である証拠です
現場のふんわりした要望を、冷徹なデジタルの言葉に変換する。その苦しい作業を担っているのは、社内であなただけかもしれません。
システムでも現場でもない、その「スキマ」に立つ職能について、言葉を与えました。
