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スキマから見える業務のかたち#3|境界をしくみで縫い付けるということ

第1話では、私たちが「境界」に立つ必然性について。 第2話では、境界で見えてくる「役割の前提と構造」についてお話ししてきました。

シリーズの最終話となる今回は、見えてきた境界をどう扱うのか、そして業務設計者は最後に何を残していくのかについて考えてみたいと思います。

結論から言えば、業務設計者の仕事は「境界を消す」ことではありません。 境界を、しくみという糸で「縫い付ける」こと。 それが、業務設計という営みの静かな核心です。


■ 境界は、なくならない

組織である以上、境界は必ず生まれます。 専門性を高め、責任の所在を明確にし、判断を早くするためには、役割の線引きがどうしても必要だからです。

境界そのものは決して「悪いもの」ではありません。 だからこそ私たちは、境界を無理に消し去ろうとはしません。 境界が存在することを前提としたうえで、そこが不具合の温床にならない状態を静かに形作っていくのです。

■ 溶接するのではなく、縫い付ける

境界で問題が起きたとき、私たちはつい、詳細なルールやガチガチのシステムで隙間を塞ごうとしてしまいます。 しかし、接着剤や溶接のように固められた組織は、変化に対するゆとりを失い、やがて息苦しくなってしまいます。

私たちが目指すのは、布と布を糸で「縫い付ける」ような状態です。 営業をカスタマーサポート化するわけでもなく、開発を営業寄りにするわけでもありません。

営業が、次の工程の苦労を少しだけ想像できる。 カスタマーサポートが、契約時の約束を少しだけ参照できる。 開発が、現場での使われ方を少しだけ覗ける。

役割と役割のあいだに、ほんの少しだけ「重なる領域」を持たせるのです。 重なりすぎれば役割が壊れ、離れすぎれば断裂が起きる。最低限の結び目で、しかし確実に繋ぐ。それが「疎結合」と呼ばれる、縫い付けの感覚です。

■ 人を配置するのではなく、しくみを通す

そして、その縫い目を維持するために「調整役」という人を間に置くことはしません。 人が気合いでつなぐ境界は、その人がいなくなれば再び裂けてしまうからです。

私たちが通すのは、人ではなく「しくみ」です。 情報の渡る経路を整え、判断のタイミングを揃える。

ここで活躍するのがデジタルやツールの存在です。 デジタルは、人の代わりに判断を下すものではなく、お互いの見えない前提を可視化し、境界を越えるための「補助線」として機能します。 境界をまたいでデータが自然に流れる橋が架かれば、人は無理な調整から解放され、本来の自分の役割に静かに集中できるようになります。

■ 業務設計者は、成果を自分の手元に残さない

境界が縫い合わされ、しくみが滑らかに動き始めると、現場から摩擦の熱が消えていきます。 手戻りが減り、判断が早くなり、隣の部署への静かな敬意が戻ってくる。

そのとき、業務設計者の名前が前に出ることは決してありません。 「最初からこういう流れだった気がする」 そうやって、そこに設計者がいたことすら忘れられていく。けれど、それでいいのだと思います。

境界が自然につながり、誰も困らなくなった状態こそが、私たちが目指したもっとも美しい成果だからです。

■ おわりに

業務設計者は、境界に立ちます。 けれど、自分自身は境界を持ちません。 どこにでも静かに入り込み、どこにも居座らず、しくみという縫い目だけを残して去っていきます。

役割のあいだに生まれるスキマは、放っておけば冷たい断絶になります。 ですが、そこに目を向け、そっとしくみで縫い付けていけば、組織は再び静かに呼吸を始めます。

スキマから見える業務のかたちは、いつも少し控えめで、けれど、確かに組織の営みを支えているのです。

さらに深く「スキマ」の思考に触れたい方へ

境界を縫い合わせる思想や、しくみという補助線の引き方について、さらに深く潜るための回廊をご用意しています。

▶ 人ではなく「しくみ」で繋ぐ構造の描き方 #業務設計者論 |改善の裏にしくみを描く力

その場しのぎの応急処置(人を配置する)ではなく、全体の構造として滑らかに情報が流れるしくみをどう描くかについて深掘りしています。

▶ 境界を縫い付けるための「言葉」の編み方 #業務設計者論 |翻訳者はしくみの言葉を編む

異なる前提を持つ部署同士の間に入り、デジタルという補助線を引くために不可欠な「翻訳」という職能について解説しています。

▶ 境界に立つ「存在論」を改めて問う #業務設計者論 |業務でもITでもない、しくみの“スキマ”に立つ

ITと現場の間に落ちる「誰の仕事でもない領域」に光を当て、業務設計者がどこにも属さずに境界を縫う理由を語っています。

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