標準化のスキマ#3|遠ざかるデータと、静かに難破する意思決定
前回は、現場の人々がシステムにデータを入力する際、自分を守るために無意識に「翻訳(忖度)」を行ってしまう構造について紐解きました。
彼らは決して怠慢なわけではなく、複雑な現場の文脈を、なんとか波風が立たないようにシステムへ押し込もうとしているだけです。
しかし、この「現場の防衛本能」によって翻訳されたデータは、システムというパイプを通ってさらに遠くへ運ばれていきます。
第3話では、そのデータが経営層のダッシュボードに辿り着いたとき、組織の「意思決定」に何が起きるのかを覗き込んでみましょう。
文脈を失った「綺麗な数字」の罠
本社の会議室。大型モニターには、各事業部の進捗を示す標準化されたダッシュボードが映し出されています。そこには、現場が「備考欄」に書き込んだ泥臭い言い訳や、色塗りで示そうとしたシグナルは一切反映されていません。
すべては「計画通り」か「遅延」か、「目標達成」か「未達」かという、冷たく綺麗なグラフに変換されています。
現場の手触りを持たない経営層や管理部門は、この無機質なデータを見て意思決定を行います。
「B事業の利益率が下がっている。この領域からは撤退し、成長しているC事業へリソースを移そう」
一見すると、非常にデータドリブンで論理的な判断に見えます。
しかし、もしそのB事業の「利益率低下」が、現場が未来の大型契約を獲るために、あえて一時的な先行投資として被った「戦略的な遅れ」だったとしたらどうでしょうか。
現場は「来期には必ず回収できる」という熱(文脈)を持っています。しかし、その熱はダッシュボードには表示されません。経営層は、文脈の抜けた数字だけを見て「撤退」という重大な決断を下してしまうのです。
大きく舵を切るからこそ、致命傷になる
これは単なる「すれ違い」では済まされません。
強い組織、あるいは勝つ組織ほど、経営層はリソース(人、モノ、金)を大胆に動かします。優れた企業は、常に全体の6割以上のリソースを組み替えながら進化を続けているとも言われます。
だからこそ恐ろしいのです。
リソースを大きく動かすための「羅針盤(データ)」が、現場の忖度によってほんの少しずつ狂っていた場合。会社は全速力で、まったく見当違いの方向へと舵を切ることになります。
撤退すべきでない事業を切り捨て、投資すべきでない場所に何億円もの予算を投下してしまう。
現場から遠ざかれば遠ざかるほど、データは文脈を失い、それを見る人間の「こうであってほしい」という解釈のズレを引き起こします。これが、組織の意思決定を静かに難破させていく正体です。
誰も信じていない「儀式化」するデータ
そして、この難破には、もう一つの「静かなる死」が用意されています。
それは、組織の内部から「データへの信頼」が完全に失われるという現象です。
間違った意思決定が繰り返されると、現場はこう学習します。
「どうせ上層部は、背景の事情なんて見てくれない。だったら最初から、上が怒らない『安全な数字』を作って入力しておこう」
一方の経営層も、現場から上がってくる数字に対して薄々違和感を抱き始めます。
「どうせ現場が、自分たちに都合よく盛った数字だろう。この目標値は、2割引くらいで見ておいたほうがいいな」
こうして、誰もが「このデータは実態とは違う」と分かっていながら、誰もそれを指摘しない空間が出来上がります。
現場は波風を立てないための数字を作り、経営層は誰も信じていない数字の載った資料で会議をする。
データが意思決定の材料ではなく、ただの「儀式」に成り下がったとき。その組織の本当の競争力は、内側から完全に腐り落ちてしまいます。
では、私たちはどうすればこの悲劇を止められるのでしょうか。
「現場は正直に入力しろ」と精神論を説いても、人が介在する限りデータは必ず翻訳されます。
次回、最終話。
この「標準化のスキマ」を埋め、誰も傷つかずに正しい事実だけを繋ぐための、業務設計者としてのひとつの答え、「入力の引き算」についてお話しします。
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