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「とりあえずアンケートを取ろう」が、現場をさらに冷え込ませる理由

現場から「業務が回らない」「人が定着しない」という静かな悲鳴が上がったとき。
経営層や管理部門が、解決への第一歩として口にするお決まりのフレーズがあります。

「まずは実態を把握しよう。全社アンケートを取ってみよう」

現場のメンバーは、日々の忙しい合間を縫ってそのアンケートに回答します。
「これでようやく、自分たちの苦労が可視化されるかもしれない」
「何かが変わるきっかけになるかもしれない」
そんな微かな期待と熱を込めて、フリーコメント欄にびっしりと本音を書き込む人もいるでしょう。

しかし、数週間後のマネジメント会議。
そこに提示されるのは、綺麗に色分けされた円グラフや、属性別に集計された満足度の推移です。
「やはり、この部署の負荷が高いようですね」
「コミュニケーションに不満を感じている層が多いようです」
出席者たちはスクリーンを見上げ、深く頷き合います。

そして、こう結論づけるのです。
「現状は把握できた。引き続き、注視していこう」

結局、具体的なアクションは何も起きず、現場の景色は昨日と1ミリも変わらない。
もしあなたの組織でこんな光景が繰り返されているなら、それは非常に危険な状態です。
なぜなら、アンケートという「善意の確認作業」が、現場の体温を静かに、そして確実に奪い去っているからです。

なぜ、アンケートは「やりっ放し」で終わってしまうのか。

これは、データを扱う側が不真面目だったり、現場を軽視したりしているわけではありません。
彼らもまた、「客観的なデータを取れば、おのずと正解(答え)が浮かび上がってくるはずだ」という、データに対するある種の錯覚に陥っているだけなのです。

業務設計者の視点から、この構造のバグを少し覗き込んでみましょう。

アンケートやデータ収集というのは、本来「正解を見つけるためのツール」ではありません。
「自分たちの立てた仮説が、合っているかどうかを検証するためのツール」です。

「この業務の承認プロセスが多すぎるせいで、若手が疲弊しているのではないか」
「だから、このプロセスを削りたい。その裏付けとして、実際の滞留時間をデータで取りたい」

こうした明確な「問い(仮説)」があり、かつ「その結果が出たら、こう動く」という出口の設計があって初めて、データは意味を持ちます。

しかし、多くの職場調査は「問題(あるべき姿と現状のギャップ)」や「課題(どこに手をつけるか)」が未定義のまま、漠然と行われます。
「現在の心身の状態はどうですか?」「職場に満足していますか?」
そう問われて「不満がある」というデータが集まったところで、「ではどうすれば解決するのか」という回路が設計されていなければ、誰も次の行動に移すことができません。
結果として、綺麗に集計されたグラフは、ただの「現状の追認」として消費されて終わるのです。

「声を聞かれたのに、何も変わらなかった」

この経験は、現場に深い徒労感を刻み込みます。
彼らは「自分たちの言葉は、結局ガス抜きとして消費されただけなのだ」と学習します。
そして次から、誰も本音を語らなくなっていく。組織から「熱」が消え、静かな諦めが支配する空間へと変わっていくのです。

では、どうすればこの冷たいループから抜け出せるのでしょうか。

必要なのは、アンケートという手段に逃げる前に、まず自分たちで「仮説」という名の泥を被ることです。
「きっと、これが現場を苦しめている原因だ。だから、この部分をこう変えたい」
完璧でなくても構いません。自分たちなりの「問い」を立てることです。

そして、現場に声を求めるなら、その目的と限界を誠実に翻訳して伝えること。
「すべての不満を解決することはできないかもしれない。でも、今回はこの一つの業務フローを変えるために、あなたの声を貸してほしい」

何もかもを解決しようとするから、足がすくむのです。
目的を絞り、小さな実行の余白(スキマ)を設計したうえで、現場の言葉を拾い上げる。
「聞く」という行為は、それ自体が組織に対する強烈なメッセージです。
そのメッセージの出口をあらかじめ用意しておくことこそが、現場の熱を冷まさないための、私たち設計者の静かなる責任なのだと思います。

読後の処方箋:声なき声の扱い方に迷うあなたへ

データという「事実」と、現場の「感情」。
この二つをどう翻訳し、組織の動きへと繋ぎ直すのか。その思考の構造や哲学については、以下の記事でさらに深く覗き込んでいます。
■ データや言葉の裏側にある「本当の問い」をどう設定するかを知りたい方へ
層Ⅲ(思考):問いが変わると、世界の見え方が変わる── 同じ現場なのに、なぜ話が噛み合わないのか

■ 現場と経営の間に立ち、断絶をつなぐ「翻訳者」としての思想に触れたい方へ
層Ⅰ(哲学):業務設計者論|しくみの狭間に立つ設計者のまなざし

■ 組織の中で「熱」がどのように滞り、冷めていくのか、その流体力学を学びたい方へ
層Ⅳ(熱):動くしくみ、止まるしくみ#1|熱はあるのに、流れないしくみ

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