ちゃんとやってるのに、なんで毎回こうなるんだろうな…と思う職場の話
ちゃんとやっているつもりなんです。
手を抜いているわけでもないし、空気を壊したいわけでもない。
それなのに――
なぜか、毎回似たようなところでつまずく。
職場で、こんな感覚を覚えたことはありませんか。
よくあるやつ、いきます
会議では「いいですね」と言われたのに、何も決まらない
決まっていないのに、なぜか作業だけは進めさせられる
後から「そこ、そういう意味じゃなかった」と言われる
誰も反対していないのに、実行段階で空気が重くなる
説明したはずなのに、なぜか伝わっていない
認識合わせをした“つもり”で、全然合っていない
頑張って調整している人ほど、疲弊していく
「それ、前もやったよね」が何度も繰り返される
トラブルが起きると、いつも“人”の話になる
結局、誰が決めたのか分からないまま進んでいる
珍しい話じゃないですよね。
だいたい、こう言われる
もっとちゃんと共有しよう
コミュニケーション不足だよね
当事者意識を持とう
一人ひとりが意識を変えよう
……もう十分やってる、というのが正直なところではないでしょうか。
問題は「人」じゃないことが多い
これらの出来事、
個人の能力や姿勢の問題でしょうか。
よく見ると、こんな状態が重なっています。
誰が決めるのかが曖昧
何を決める場なのかが曖昧
合意したことが、どこにも残らない
ズレが生まれても修正されない
「空気で察する」前提の流れ
こうしたしくみがあると、
どれだけ真面目な人が集まっても、同じことが起きます。
頑張るほど、消耗します。
これは「動かないしくみ」の話です
うまくいかない職場には、
だいたい止まる構造があります。
決定が流れていく
責任が蒸発する
意図が共有されない
誰も悪くないのに、
誰も前に進めなくなる。
そしてそれが、
「この職場はこういうものだ」と定着していく。
もう少しだけ、視点を変えると
もしここまで読んで、
「これ、うちの話だな」と引っかかったなら。
それは、
あなたがダメだからでも、
周りの人が未熟だからでもありません。
しくみの設計の話です。
この場所では、
そういう話をしています。
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うまくいかない理由を、
自分や誰かのせいにする前に。
どんなしくみが働いているのか。
少しだけ、覗いてみてもいいかもしれません。
ここは、
そういう違和感から始まる場所です。
