【発達グレーな息子の子育て】#3 「私だけができていない」と、自分を責めていた
里帰り期間が終わり、
夫と我が子と一緒に自宅へ戻った私。
前回のお話はこちら⤵︎
翌日から、地元から離れた土地でワンオペ育児の日々が始まりました。
この時期は仕事が立て込んでおり、
日中は朝の7時から22時過ぎまで、家を空けていた夫。
元々まだ慣れ親しんでいない土地だったため、
子連れで行きやすい遊び場などもよくわからず、
正直、育児と家事に追われて心も身体も疲弊していたため、
新たに情報を探す気力もなく……。
ただ家で過ごしたり、
外に出ても家の周りを散歩するだけの日々でした。
この頃は、とにかく
「1人で頑張らないと」
この気持ちが強かったように思います。
よく知らない土地だったこと。
頼れる知人が近くにいなかったこと。
夜遅くまで夫がいなかったこと。
おそらく、こうした状況が重なり、
「この子を生かせるのは私しかいない」と思い込んでいました。
特に顕著だったのは、
泣いている赤ちゃんを泣き止ませようと必死だったこと。
息子が泣くたび
「どうしよう」
「虐待を疑われるかも」
「もしかしたら病気かも」
と、いろんな不安を自ら引きずり出していました。
今思えば、赤ちゃんが泣くのは通常モード。
あんなに心配、しすぎなくてもよかったのに。
でも、あの頃の私は
とにかく「泣き止ませなきゃ」「母親失格だ」という気持ちが強く、
1日中、抱っこしていました。
トイレに行くときも、息子をスイングチェアに乗せ、
ドアを開けた状態で排泄しながら様子を見るほどに。
これほどまでに、泣くたび抱っこしていた私。
気づけばトイレ以外、1日中抱っこしっぱなしでした。
夜。
仕事が終わり、遅くに帰ってきた夫が
「夜中は俺が見るよ」
「夜ご飯は適当に買って帰るから作らなくて大丈夫だよ」
と言ってくれました。
夫は仕事が多忙で、
平日は育児にあまり参加できていませんでした。
でも、
仕事で疲れているはずなのに、
妻である私のフォローも、
夜間の子育ても進んで協力してくれる夫。
夜、3時間おきにミルクをあげ、
おむつを替えて、
夜泣きが続けば、外に連れ出してドライブに行ってくれて。
「産後の恨みは一生」なんて言葉がありますが、
この頃の夫を思い返すたび、
「産後の感謝も一生だなぁ」と思います。
そんな夫に、
嬉しさと感謝、そして頼もしさを感じる一方で、
「自分だけがちゃんと親になれていないのでは」
と、私は焦燥感と罪悪感に駆られていたのです。
今、振り返れば、
夫は疲れていても、我が子が可愛くて仕方なかったのだと思います。
学生時代からずっと
「将来は子どもが欲しい」
と気が早いと思うほどに言っていた彼ですから(笑)
だからこそ、夜は進んで見てくれていたし、
夫は夫なりに
「夜、やらないと平日は父親としていられる時間がない」
と思っていたのかもしれません。
それならば、私はそんな優しくて頼もしい夫に甘え、
一旦、夜は子育てから離れ、睡眠をしっかりとるべきでした。
しかし、
罪悪感と焦燥感に駆られていた私はなかなか寝付けず、
時間をもらっているにも関わらず、
その時間を有効に活用(睡眠)できていなかったのです。
そんな自らをどん底へ突き落とすような思考で、
日々を過ごしていた我が子・生後3ヶ月の頃。
この時期は、実家から自宅に戻り、2ヶ月目。
毎日、訳もなく泣いていました。私が。
あろうことか、
泣く我が子を見るのが怖い
ひとりで日中、育児する時間が来るのが怖い
そんな"子育て恐怖症"のような状態に陥っていた私。
おそらく、育児ノイローゼや産後うつのような状態だったのだと思います。
さらに、
少しでも前の自分を取り戻したい、という思いから、
友人との繋がりを……と、SNSをひらけば、
自分の世界で充実した生活を送る友人たちの様子が。
その光景に感じたのは、
どこか置いて行かれたような、
ひとりぼっちで突き放されたような孤独感。
他にも、
「この月齢は〜」という育児関連の記事やSNS投稿、
さらに子育てアプリからの
「そろそろ〇〇する時期ですね」
「そろそろこんな行事がありますよ!」
という何気ない通知に縛られて苦しむ日々が続きました。
冷静に振り返れば、
どれも、ただ自分で自分を追い込んでいるだけでした。
楽しそうな生活を送っている友人たちにも悩みはあったでしょう。
優しい友人たちです。
助けを求めれば、会いに来てくれたかもしれない。
育児関連の情報だって、自分に合った情報を取捨選択して
自分達のペースで進めればいいんです。
それでも、
当時は別の視点や思考を持つ心の余裕は1ミリもなく、
「もう、全てを手放して、いなくなりたい」
——そう思うようになっていました。
この時期をあらためて振り返ると、
書いている最中も泣きそうになるほど
私にとって人生で最も辛い時期でした。
でも、
その辛さはすべて、
"自分が生み出したもの"なのだと
今、客観的に見ると思います。
辛さを感じることが悪いわけではありません。
そもそも良い悪いの問題ではありませんから。
それも私の、その人の大切な感情です。
ただ、
もう少し、素直に誰かに話ができていたら。
もう少し、自分の感情を大切に、
周りの人に助けを求められていたら。
「母親とはこうあるべきだ」という理想像に縛られず、
"私"というひとりの人間として子育てできていたら。
もう少しだけ心にゆとり持って、
このとっても可愛い時期の我が子を愛してあげられたのではないか。
今でも、そんな後悔の念が
時折、ふと心に湧いてくるのです。
——ちゃんとしなきゃ。泣き止ませなきゃ。
そんな気持ちで自分自身を追い詰めていた私。
しかし、とうとう次回。
私の思考を一転させる、
流れ星のような"小さな光"を掴みます。
もし同じように、 子育てで
「私がしっかりしなきゃ」
「泣いている我が子を見るのが辛い」
「親としてうまくやれていない」
と思っている方がいたら。
この先の話が、小さなヒントや心の拠り所になれば嬉しいです。
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次のお話⤵︎
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