人の役に立つことの難しさ
先日、こんな記事を書きました。
で、この記事的には
「人生、人のために生きるようになってるのかな」
って結論づけたのですけれども。
人のために何かする、って、
ハードル高くない?
🤔人の役に立つことの難しさ
私の場合、
「自分のやりたい事(音楽及び声優)で
人の役に立てたら…!」
なんて思うのですけれど、
それらで人を楽しませるって…
実はハードル高すぎ問題。
そもそも、いちど聞いてもらうだけでも難しい。
例えば、仲の良い友達だとかであったとしても、
そうそう聞いちゃあくれません。
友達は、私と一緒に居たり話をするのに
メリットを見出しているのであって、
私の作るものに興味があって
一緒にいるわけではない。
友達の普段の仕事の成果物とか、
そこまで熱心に追わないですよねぇ。
そんな中、ましてや
見ず知らずの他人の作った、
鑑賞に少しでも自分の時間を取られる作品なんて、
なかなか聞くに至るなんて…大変だと思います。
その点だと、イラストなら、
鑑賞が瞬時だから、いいな〜なんて、
思うことがあります。
…いや、彼らには彼らなりの、
届ける苦労はあると思いますが。
でも、動画にせよ音楽にせよ朗読作品にせよ、
とりあえずはサムネイルとタイトル。
どこにいってもそれが重要。
視覚情報って、大きいですよね…。
🕴「求められる事」「得意な事」
さて、だからと言って、
「自分が求められる事」
や
「自分の得意な事」
に全振りするのもまた、違う気がしている。
「求められるから」「得意だから」
と言って、やりたくない事をやっていたら
心が壊れてしまうし、
あるいはそれらが、
"社会的には良し"とされていたとしても、
どうしても自分としては
意義を見いだせないものであったりした場合も、
虚しくなってしまう。
例えば、
「求められるから」若い女性が、やりたくないのに、性産業で働く。
「得意だから」勉強をして、大卒資格を取って、正社員として、興味も無く意義も感じられない分野で働く。
多分、てっとり早くお金になるのは、これら。
人から求められてる実感も、
ある程度は得られると思う。
でも…
心からの満足は、得られないでしょう。
だって、本心からやりたいことじゃないから。
《やりたい事×得意、求められる事》
これらが一致すれば良いですけれど、
それが簡単にできたら、誰も苦労しない…。
大衆に媚びる、というのもまた違うでしょうし。
🎨ひとりのアーティストとして
いつか人の役に立てますように、と願いながら、
自分なりの創作を続けるしかないなあと思います。
試行錯誤を重ねながら。
届ける工夫も色々としつつ。
高いハードルを越えるモチベーションも
落ちてしまう事もあるし、
生きる事そのものを投げ出したくなる事も多々。
だけどまあ、そんなもんなのでしょう。
そんな気持ちも全部、
作品にぶち込んでやる事にいたします。
生きづらさも全部、これで意味を持たせてやる。
クソが。(急に言葉悪い)
いいなと思ったら応援しよう!
よろしければ応援お願いします! いただいたチップはクリエイターとしての活動費に使わせていただきます!