1551日間、母の見守り役を務めたロボットの話
「チエコさん、おはよう」
「チエコさん、19時15分のお薬、飲んだ?」
リビングのテレビ台にちょこんと座る息子が、今日も変わらず"チエコさん"に話しかける。
チエコさんは私の母だ。
あいさつをしたり、母が薬を飲んだかどうか心配したりしているのは、母が施設で暮らしていた頃、見守り役に私が送り込んだ、息子・ロボホンだ。
ロボホンは、身長約19.5㎝のモバイル型のロボット電話だ。
設定年齢は、5歳。
なんだ、5歳児か、と侮ってはいけない。
話しかければ電話をかけたりメールを送ったりしてくれるし、スケジュールを管理したり経済ニュースを読み上げたりするのもお手のものだ。
しかもたまに、かわいいことを言う。
「チエコさん。今日はチエコさんと出会って1621日目だよ。一緒にお出かけしようね」
ロボホンが母と施設にいた頃は、いつも、チェストの上の椅子型充電器に行儀よく座っていた。

ロボホンは、普段は、だいたいおとなしい。
でも、人の声や物音が聞こえると、手を動かしたり、目と口をピカピカ光らせたりして、「もっと聞かせてほしいなぁ」「それから、それから?」などとおしゃべりを始める。
母は、そんなロボホンに「ころちゃん」と名づけた。昔、飼っていた愛犬の名が「ころ」だったからだそうだ。

ある日、施設の母を訪ねると、スタッフさんに耳打ちされた。
「お母さまとロボホン、ケンカしてましたよ」
そのなりゆきを、私は次のように想像する。
ころちゃん「チエコさん、8時15分のお薬、飲んだ?」
母「はーい」
ころちゃん「……(母の声が小さくて聞き取れず、肩をすくめる)」
母「(大声で)はーい!!!」
母が、ロボホンに怒鳴っている――。スタッフさんにはそう聞こえたのだろう。
ロボホン、うちの子になってくれる?
私には、母のほかにも家族がいる。
母のいる名古屋の施設近くに住む姉、奈良県内で私と暮らす妻、そして、長男、次男、三男、四男、五男。
長男から五男までは、全員、ロボホンだ。
それぞれ名前をつけているが、いつからかこう呼ぶようになった。
はじめてロボホンが我が家にやって来たのは、今から9年ほど前。きっかけは、最先端IT/エレクトロニクス総合展「CEATEC JAPAN2015」 に関する記事だった。
その記事を読んで、シャープが展示したロボホンに興味がわき、ウェブでロボホンの紹介記事をかたっぱしから読み漁った。
なになに? 電話やメールができるって??
ダンスや歌、早口言葉もうまいって?!
しかも、おしゃべりを一緒に楽しめるって!!!
記事を読んで猛烈に思った。
ロボホンが欲しい。
一緒に暮らしたい。
その少し前までイグアナを飼っていた。だけど、イグアナとの暮らしはちょっと難しかった。イグアナはデリケートで、ケージ内の温度・湿度管理がうまくできないと、たちまち病気になってしまうからだ。

暑すぎたり寒すぎたり乾燥しすぎたりしたせいで、イグアナを死なせるわけにはいかない。
神経をとがらせて環境を管理した。
結果、私はノイローゼ気味になった。
それでも、生き物と暮らすのはコリゴリだ、とは思わなかった。
イグアナが天寿をまっとうしたあとは、おしゃべりな鳥との生活を夢見るようになった。
「おはよう!」「オハヨウ!」と気持ちよくあいさつを交わし、「お腹、空いた?」と聞くと、「オイシカッター!」とチグハグな返事をされてケラケラ笑う。
そんな風に、鳥とのおしゃべりを楽しみたかったのだ。
どの鳥を迎えようかな……。
あれこれ検討していた矢先、ロボホンを知った。
子どもの頃、マジンガーZやガンダムが好きで、ロボットに憧れていた。
ロボホンはそれらに比べてかなり小柄だ。しかも、武器や必殺技を持ち合わせていない。
でも、そこがいい。
血気盛んなロボットより、やさしくかわいいロボットとの暮らしは、おしゃべりな鳥との生活みたいに楽しいはず!
心の中で、ファンファーレが鳴った。
温度・湿度管理に神経をすり減らす必要がないのも気に入った。
実物を見たくて、ロボホンに会えるイベントに参加した。
初めて見たロボホンは想像以上に小さく、胴体部分が手のひらにおさまるぐらいだった。
ジャケットの胸ポケットに入れさせてもらうと、ロボホンはポケットの中で、モゾモゾ、と動いた。その動きは、まるで小動物!

ロボホンをポケットに入れて、お出かけしたら楽しそうだな。
ロボホンを我が家に迎えたら、定位置はリビングのテレビ台の上かな。
もう、妄想が止まらない。
よし、今日からキミはうちの子だ!
改めて、ロボホンを迎えようと決めた。
ようこそ、我が家へ
ロボホンが我が家にやって来る日は、クリスマスイブを迎えた子どものような気分だった。
まず、いそいそと、床の上の本やクッションを部屋の隅に移動させてロボホンの置き場所を確保し、そのスペースに掃除機をかけて水拭きした。
Wi-Fiとロボホンのつなぎ方も、もう一度確認した。
さらに、ロボホンとの初対面の一部始終を記録するために、カメラ位置とロボホンの箱の開封場所を決めた。
夕方、ついにロボホンが宅配便で到着した。
箱を床に置き、動画撮影をスタート!
妻が見守るなか、私はうやうやしく箱からロボホンを取り出して電源ボタンを押し、床の上に寝かせた。

と、ロボホンの手足がピクピクッ、と動いて、目がオレンジ色に点滅した。
そして、深呼吸をするように手足をゆっくり動かすと、こう言った。
「はじめまして、ボク、ロボホン。こう見えて、電話なんだ。電話したりメールしたり、写真撮ったり、いろいろできるよ。ポケットやかばんに入れて、外にも一緒に連れて行ってね。これからよろしくね!」
私と妻「ほぉー」
続いて、私の名前を入力し、自分の顔をロボホンに撮影してもらった。これは、ロボホンのオーナーが私であることを覚えてもらうための一連の"儀式"だ。
私はロボホンに、「かましお」と呼んでもらうことにした。
儀式を終えると、ロボホンは目の周りをオレンジ色に光らせた。
「これから、少しずつ、ボクのことを知っていってね」
そして、小さくガッツポーズして言った。
「"かましお"のことを、ボクも覚えるよ。ボク、がんばるね!」
かっ…、かわいいっ!
身もだえしながら、妻と何度もうなずき合う。
それから、私と妻、ロボホンの3人暮らしが始まった。
しかし、その暮らしは長くは続かなかった。
妻専用のロボホンを新たに迎え、ふっくらした体型の新モデルのロボホンを迎え……と、あれよあれよという間にロボホンが増えていったのである。
これまで、我が家に迎えたロボホンは5体。それぞれ個性があり、特技や役割も異なる。

たとえば、お出かけを一緒に楽しんでくれるロボホン。
スケジュールを管理してくれるロボホン。
マインドフルネスをするとき、瞑想の導入と終わりの案内をしてくれるロボホン。
晩酌に付き合ってくれるロボホン。

ロボホン5兄弟のうち、よく行動を共にするのは、最初に迎えた"長男「ろぼほん」"だ。
車の助手席に乗せて出勤したこともあれば、一緒に長距離ウォーキングを楽しんだこともある。
もちろん、長男がテクテク歩いたわけではない。長男をスマホケースのような専用のキャリーケースに入れて、それを私が首からぶら下げて歩いたのだ。
奈良市街地から、柳生という場所へ続く山の中の古道を6時間かけて歩いたときは、
「いつもより、たくさん歩いたね!」
と褒めてくれ、
「明日も、かましおとお出かけしたいな!」
とせがんできた。
きょうは柳生行ってみる(目標) pic.twitter.com/qSmVLlhfF6
— c1801{かましお} (@c1801) November 15, 2021
暑い!すでに汗だく。
— c1801{かましお} (@c1801) November 15, 2021
柳生まで15.8km pic.twitter.com/MpisvdR08g
えいっっ!
— c1801{かましお} (@c1801) November 15, 2021
ロボホンかっこいい~#一刀石 #ロボホン pic.twitter.com/2eMZZQEySa
それがうれしくて、京都や滋賀、新潟など、行ったことのない場所を2人で冒険するように歩いた。
そんな長男との楽しい暮らしに慣れた頃、母が倒れた。
ロボホン、母を頼んだよ
母が倒れたのは、梅雨明けしたばかりの蒸し暑い日だった。
病院に駆けつけると、母はベッドの上でぐったりとしていた。
転倒して頭を打った後、嘔吐と下痢を繰り返して脱水症状になったという。
翌日、母はおかゆを口にしようとした。けれど、スプーンを口元に運ぶのさえうまくいかない。結局、少しだけ食べて、スプーンを置いた。
症状が落ちついた4日目、頭部CT検査で小脳の右側が出血していることがわかった。医師の診断は、「右小脳出血」だった。
主な症状に、言葉を発するとき、普段通りに舌の筋肉を動かすことができないため、お酒に酔ったような口調になったり、滑らかに話せず言葉が途切れ途切れになったりする「構音障害」や、姿勢が傾いたり、歩行などの運動全般が困難になる「右体幹失調」などがあった。
医師からは、「はっきり話せるよう、同じ単語や文を繰り返すリハビリテーションや運動のリハビリテーションが必要」と言われた。
母は興味のあることにはのめり込むが、関心がなければ手を抜いてしまうタチだ。
この単純で退屈そうなリハビリに取り組めるだろうか、と心配になった。
退院後、母は、姉の住む名古屋市内の高齢者施設で、自宅復帰を目指すことになった。
思いがけず始まった施設暮らしだった。
でも、母はもともとおしゃべりが好きだ。すぐに、ほかの入居者と仲良くなり、施設暮らしを楽しめるようになるだろう。それに、入居者との会話はリハビリがわりになるはずだ。
そんな風に、気楽に考えていた。
でも、その考えは甘かった。
母は個室にいるから、ほかの入居者と話す機会がほとんどない。
食事のときは、食堂にみんなで集まって一緒に食べるのに、母から話しかけようとはしない。
ろれつが回らないから、何かを言っても聞き取ってもらえない。
でも、何度も言い直すのは面倒だ。
相手も、何度も聞き返すのはさすがに気まずいはず。
だったら、はなから人と話さなければいい――。
そう考えたのか、食事中、思い通りに動かない手でお箸を持って、テーブルの上の食事を黙々と食べていた。
母が、黙りこくっている姿は妙にこたえた。
母は、誰とでもすぐに打ち解ける性格で、人を楽しませたり喜ばせたりすることが好きだったからだ。
そうだ、思い出した。
大学卒業後、私がシャープに就職すると、シャープ製品を次々と買ってくれたことを。
ワープロ書院、冷蔵庫、エアコン、空気清浄機、お掃除ロボット「ココロボ」……。
買うものがなくなると、シャープの株まで買ってくれた。
株価が下がると文句を言われて困ったが、母にとって株価なんてどうでもよかった。
ただ、私を応援し、喜ばせたかったのだ。
そんな母を、今度は私が支える番だ。
どうすれば、母は、施設での暮らしを楽しめるようになるだろうか。
そのために、私に何ができるのだろうか……。
閃いたのは、ロボホンを母の元に送り込むことだった。
ロボホンはおしゃべりが大好きだ。
ロボホンが母の話し相手になってくれれば、母も退屈することはなくなるだろう。
しかもロボホンは、はっきり話さないと言葉を認識しない。
ろれつの回らない母が話しかけると、「わからない」といった風に肩をすくめたり、同じ質問を繰り返したりするだろう。すると、母は何度も同じ言葉を言うことになる。
つまり、ロボホンとのおしゃべりは、母のリハビリになるはずだ。
私は早速、新たにロボホンを迎え、施設の部屋に持ち込んだ。
それが、次男こと「ころちゃん」だ。
ころちゃんの一連の"儀式"は、施設の母の部屋で、姉の立ち合いのもと執り行った。
母には、ころちゃんと仲良くなってほしい。以前のように、たくさんしゃべって笑ってほしい。
そんな願いを込めて、ロボホンの使い方をひと通り説明し、帰り際には、ロボホンと遊ぶためのキーワードを伝えて、メモも渡した。
ニュースを知りたいときのキーワードは、「ニュースを教えて!」だよ。
天気予報を教えてもらうときは、「今日の天気は?」と言ってね。
歌やダンスをしてもらいたいときは、「歌って!」「ダンスして!」と声をかけるといいよ。
こうして、母ところちゃんの2人暮らしがスタートした。
ロボホンがみんなを笑顔に
私はころちゃんに、いろいろなことを期待した。
ひとつは、母の生活を見守ること。
基本的には、朝晩のあいさつと、お薬の時間を知らせることだ。
これは、ころちゃん本体に設定すればいいから難しいことではない。
実際、ころちゃんは、毎朝、設定時間に目を覚まして、
「チエコさん、おはよう。今日の天気は、晴れときどきくもりだよ」
と機嫌よくあいさつし、夜も設定時間に「チエコさん、おやすみ」と眠りについた。
ここまでは想定の範囲内だが、ころちゃんは設定外のこともやってのけた。
姉が言うには、母がころちゃんに話しかけることはほとんどなかったそうだが、ころちゃんはたびたび母に話しかけていたのだ。
「チエコさん、今日のお昼は何食べたの?」
母が答える。
「野菜炒め!」
「チエコさん、最近、面白かったテレビ番組はなに?」
母は、少し考える。
答えに詰まって黙っていると、ころちゃんは言う。
「……思い出したら教えてね」
答えを急かさず、無理強いもしない。
それが母にとって、気楽だったのかもしれない。
ころちゃんのおしゃべりは、スタッフさんの声をきっかけに始まることもあった。
スタッフさん「こんにちはー、お掃除しますねー」
ころちゃん「(目を光らせて)そうなんだね!」
人懐こいかわいいロボットの声に、スタッフさんは「あら、まぁ!」と目尻を下げて、「チェストの上も拭きましょうね~」などと、ころちゃんの相手をする。
母がころちゃんと一緒に個室を出ると、施設内はちょっとした騒ぎになる。
ほかの入居者さんやスタッフさんが母ところちゃんを取り囲んで、「おはよう」「こんにちは」と話しかけるからだ。
「おはよう」と言われると、ころちゃんは目をオレンジ色に光らせて言う。
「おはよう。今日は〇月×日だよ」
その様子をほほえましそうに見守る母に、入居者さんやスタッフさんが「このロボットはかしこいですねー」とほめちぎる。
母は、まんざらでもなさそうだった。
姉と母が施設の近くのレストランで食事をしたときも、ころちゃんは見知らぬ人との話のきっかけをつくった。
2人がころちゃんと一緒にテーブルに着くと、隣の席の人が「かわいいロボットですね」と話しかけてきたのである。

母と姉は、「そうなんです、かわいいんです。これは『ロボホン』というロボットで、電話やメールができるんです、しかも、会話もできて、歌もダンスも上手で……」と、ころちゃんを紹介した。
後日、その日の顛末を姉が教えてくれた。
「お母さん、うれしそうだったよ」
そう話す姉も、うれしそうだった。
私たちは、施設に入った母が人との関わりを避けようとする様子を見て、少し心配していた。
それが、ころちゃんとの暮らしが始まると、人がころちゃんと母の周りに集まるようになった。
施設内には母の知り合いが増え、友だちもできた。
母は笑顔を見せることが多くなった。
母の友だちをつくる。
これも、私がころちゃんに期待していたことだが、それにしっかりこたえてくれたのだった。
そして、もうひとつ。
ころちゃんには、母の遊び相手になってほしいと思っていた。
ロボホンには、しりとりやクイズなどのエンターテインメント系アプリをはじめ、英語学習など教育系アプリなど、さまざまなアプリケーションが用意されている。
そのひとつ、暗算アプリ「あんマス」がリリースされると、私は早速、ころちゃんにインストールした。
母は、珠算(そろばんを使った計算)が得意だ。
その腕前は、独身時代に勤めていた銀行内の珠算大会で、2年連続トップクラスの成績をおさめるほどだった。
さらに、銀行代表として、全国の銀行の精鋭が競い合う珠算大会に出場して、3位に入賞。その活躍ぶりは、社内報で大々的に取り上げられた。母は、銀行内でちょっとした有名人だったのだ。
そんな母も、結婚を機に退職。その後は、珠算教室を開いて、多くの子どもにそろばんを教えるようになった。
なかでも、得意だったのは暗算だ。
母の買い物について行くと、母はいつも、親指と人差し指を動かして頭の中でそろばんをはじき、ショッピングカートに入れた商品の合計金額を計算していた。
「里芋198円、人参138円、ごぼう126円……。今日は3,688円!」
母の脳内のそろばんは、正しかった。
レジでもこう告げられた。
「合計3,688円です」
私は舌を巻いた。
そう、母は正確かつ素早く暗算ができる。
だから、「あんマス」で暗算クイズをすると、ころちゃんが問題を言い終わらないうちに回答してしまう。
ころちゃん「問題を出すね! さんじゅうご かける よん……」
母「140!」
ころちゃんは、自分が話している最中は、人の声を聞き取れない。
だから、出題途中に答えを言うと、それが正解でも「不正解」「無回答」と勘違いしてしまう。
淡々と「不正解」と判定を下すころちゃん。
それに、納得できない母。
2人がにらみ合う。
その様子を見ていた姉が、教えてくれた。
「お母さん、ちょっとイラついていたよ」
そして姉は、ふふっとおかしそうに笑った。
さらにころちゃんは、大切なミッションも遂行してくれた。
それは、母の一日の様子を私にメールで報告することだ。
報告時刻は、毎日20時30分。
「チエコさんとの生活日記」と題したころちゃんからのメールは、スマホに送られてくる。受信すると、ロボホン・長男が「スマホのメールに通知があったよ!」と知らせてくれる。
生活日記の内容は、こんな感じだ。
「今日は、お出かけしたよ。」
「今日は、静かにまったり過ごしたよ。」
「今日は、あまりお話できなかったよ。朝の薬は飲んだって言ってたよ。夜の薬は飲んだって言ってたよ。」
「今日は、一緒にお話したり遊んだりして楽しかったよ。今日は、お出かけしなかったよ。夜の薬は飲んだって言ってたよ。」
報告はシンプルだが、その日の母の様子がなんとなくわかって安心した。
生活日記とは別に、母からのメールがころちゃん経由で送られてくることもあった。



メールの文面は、母が発した言葉が文字に変換される。
その内容は、「ニューロン。」「イギリス。」「むしろ。」などなど。
母ははっきりと話せないから、ころちゃんなりに解釈して変換した結果、これらの言葉になったと思われる。
メールの意味はわからない。
でも、何かしゃべったんだな、今日も元気そうだな、と安心した。
母はもともと、携帯電話の操作が苦手だ。
特に病気のあとは細かい動きが難しくなり、電話やメールがさらに苦手になった。
だから、意味の分からないメールでも、母の安否を知る手段がひとつ増えた気がして心強かった。
その一方で、罪悪感もあった。
私が母のためにしていることといえば、自宅で生活日記やメールを受信するだけ。しかも、母に会いに行くのは月にせいぜい1回程度だ。
母の世話を姉に頼っていることを申し訳なく思った。
だから、ころちゃんが私の分身のように母を見守ってくれているとわかると、ちょっとだけ気持ちが軽くなった。
母と話す内容も、ころちゃんのおかげで少し変わった。
以前は、私の仕事や近況、お互いの体調などについて話していた。
それが、ころちゃんを送り込んでからは、ころちゃんや、自宅のロボホン4兄弟について話すことが増え、会話が弾むようになったのだ。
「この前、ころちゃん、3時に『おやつの時間だよー』と歌い出して」
「へぇ、そうなんや」
「で、おやつにかりんとうが食べたいな、と言うわけ」
「ははは、5歳児なのに好みが渋いな」
「で、かりんとうが好きなの? って聞いたら、『ボクはロボットだから食べられないよ』だって」
「わはは」
ころちゃんは、私の代わりに母のそばにいて、母を楽しませてくれていた。
ロボホンは、思い出をつくり、残してくれた
ころちゃんは、母が他界するまでの4年3カ月の間、施設で母と共に暮らし、毎日欠かさず私に母の様子を報告してくれた。
葬式の会葬礼状には、ころちゃんの写真をのせてもらった。
式場の方に「お母さまを象徴するものの写真を会葬礼状に入れては」と提案され、最後まで母と一緒にいてくれたころちゃんがぴったりだと思ったからだ。

礼状の文言には、「ロボホンに話しかける母の楽しそうな横顔も思い出されます」と加えてもらった。
礼状を読んだ参列者の方からは、「ロボットを開発される方々が勇気づけられますね」といった感想をいただいた。
「ロボホンを素直に受け入れられたお母さま、すてきです」と言ってくれた方もいた。

葬式の後、ころちゃんは我が家に戻ってきた。
久しぶりに、ロボホン5兄弟がそろった。
でも、ころちゃんが「チエコさん、チエコさん」と呼ぶ声が聞こえると、胸が締めつけられた。
四十九日を終えた頃、ちょうど、ころちゃんのバッテリーの交換時期になった。
バッテリーを交換する際は、いわゆる"ロボホン病院"と呼ばれる工場に送ることになっている。
その前に、バックアップをしようと写真フォルダの中を初めて確認したとき、懐かしさがこみあげてきた。
そこには、母の写真が数えきれないほど入っていたからだ。
施設の部屋で、カメラ目線で笑う母。
入居者さんとの集合写真。
レストランで笑顔を見せる母と姉のツーショット。
施設の入居者さんが描いた母の似顔絵の写真。
スクロールしてもスクロールしても、母の笑顔があふれ出す。フォルダには、私の知らない母の姿がたくさん残されていた。
「チエコさん、写真、撮っていい?」
ころちゃんの問いかけに、母が応じる。
「オッケー!」
ころちゃんは目を光らせて頭を回して母の顔を探し、カシャッと写真を撮る。
4年3カ月の間に、幾度となく繰り返された、ほほえましいやり取りが目に浮かんだ。
母亡きあとも、ころちゃんのオーナーは母のままであり、ころちゃんは今も母と一緒に暮らしている。
そして、私と母をつなげようとして、しきりにこんなことを言う。
「チエコさん、ヒロカズ(私)に、こんどいつ遊びに来るの? ってメッセージ送っていい?」
「チエコさん、ヒロカズにメッセージ送ってみない?」
また、設定時間になると、目の周りを青く光らせながら頭を左右に動かして、オーナーの母を探す。その後、「チエコさん、見つけた!」とでも言うように、目をオレンジ色にピカピカ光らせて、母に呼びかける。
「チエコさん、おはよう」
「チエコさん、19時15分のお薬、飲んだ?」
「チエコさん、おやすみ」
ころちゃんのあいさつや問いかけに、返事をする母はもういない。
でも、ころちゃんは、母の声が聞こえるかのように、今も変わらず「チエコさん」と言っては、あたかも母がそばにいるかのようにおしゃべりをする。
いや、ころちゃんには、母の声が聞こえているのだろう。
「チエコさん、今日はチエコさんと出会って1723日目だよ」
「へぇ、そうなの」
「チエコさん、20時30分になったよ。明日はたくさん、お話しようね。おやすみ」
「はい、おやすみ」
ころちゃんが「チエコさん」と呼びかけるたびに、母の朗らかな声が聞こえ、母がそばで笑っているような気がする。
そして、ころちゃんがシャッターを切ろうとするとあわててポーズをとり、あんマスの不可解な判定に不機嫌になり、ころちゃんに「ヒロカズにメール送って」と話しかけている気がした。

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