キャラはシナリオの中で活きている/活俠傳のポジティブキャンペーン(ネタバレ控えめ)
続き…的な?
何度目だって感じの話ですが、ちょっと新発見をしたので。
商業的にはキャラ優先なのは大前提として、キャラかシナリオかで言えば自分は散々言っている通りたぶん後者なんですけども。
別にキャラを軽く見ているわけではないんですよ。
ただ、「キャラはいいけどシナリオがなぁ…」な作品と「シナリオはいいけどキャラはまぁ…」な作品だと明らかに後者の方が好印象になるんですね。
より正確に分けるとしたら、そもそも「キャラはいいけどシナリオがなぁ…」と感じること自体がシナリオ優先派である証明かもしれません。
キャラ優先の人からするとどうやら「キャラがいいのでシナリオもよかった」な傾向がありそうなんですよね。
実際、キャラとシナリオって割と不可分のものだとは思うんです。
キャラはシナリオによって掘り下げられるし、シナリオはキャラが動かすので。
その中でどちらを優先するかによって、上下関係も決まっているというか。
展開が良くてもその中で動くキャラが好みではなかったら良い物語ではない、という考え方と
キャラ設定は良くてもそれを動かす展開がよろしくないなら良い物語ではない、という考え方ですかね。
で、改めて言うと後者の自分も別にキャラを軽視はしていないんです。というか普通に重視しています。
と言ってもシナリオの良さだけでもこれは名作だと感じることはあるのですが、更にその1つ上にこれは傑作だと感じる壁があり、その壁を越えていくのに必要なのはどうやらキャラの良さなんですね。
それも、あまり生半可ではないレベルの。
基本的には強く感情移入できるキャラが良い感じです。
房石陽明やデルウハ、畔美岬(なんか違くね?)に狛枝凪人など割と感情移入もクソも無い名キャラもいるのでその限りではありませんが。
そもそもを言えば、自分の中では「キャラが良い」と「キャラ設定が良い」はかなり別物です。
別に設定だけでもこれ面白いな、良いなってのはありますけども、それを実際にシナリオ展開の中で上手く描かれて初めて、本当の評価の始まりというか。
良さげな設定(ビジュアル等まで含めて)をしているキャラでも全然作中の活躍が良くなかったら良いキャラだとは思えませんし、極めて凡庸な設定だろうが見た目が微妙だろうがシナリオ上の動きが良ければ名キャラになり得ます。
この辺りの塩梅はまあ人によるんでしょうけど、プラスの方向では(あまりにも極端なキャラ付けでなければ)だいたい多数派とも合致するんですよね。
結局目線が微妙にシビアになっているだけでもあるので。
合格点が人によって50点だったり80点だったりしようと、90点のキャラに対して合格という判定を下すことには変わらないですしね。
めちゃくちゃにメジャーなところで言えば鬼滅の刃とか。アレはキャラ(の描き方)が上手な作品で、そこは世間的にも高評価ですよね。
ただ、マイナス側はたまに酷い乖離を起こします。
同じ例えで言えば60点のキャラが合格点次第で合格だったり不合格だったりする…というレベルの話ではなく。
そもそも60点どころか10点、下手したら0点に見えている…くらいの根本的な乖離です。
なんでそんなことが起きてしまうのか、ちょっと考えて答えらしきものに辿り着いたんですけども。
シナリオが活きてなかったらそこに出てくるキャラも死んでるのと変わらん判定になってるんですね、多分。
感情移入できなくなるというか、冷めるというか。
根幹の土台が崩れてしまうんだと思います。
自分が物語を楽しむときは、基本「所詮創作は創作でしかない」という前提はうっすらと常に置かれていますし、だからこそ「より良い創作」を望んでいるんですが、「より良い創作」って「単なる創作には感じられないもの」でもあると思うんです。
だからこそ感情移入できるので。
逆に言うと出来の悪い創作というのは、自分にとっては「たかが創作」にしかならないものであり、そんな作り物のキャラには感情移入できないために、一気にキャラに対する評価が「無」に近くなるんだと思います。
マイナス何十点されるとかじゃなく、ゼロをかけられる感じ。
どこまで行っても創作ではあるものの、生物か非生物かくらいの違いがあります。
自分のこの状態の説明・証明に丁度よいソシャゲが2つありました。
FGOとグラブルです。別にグラブル叩きとかじゃないよ。
まあ別に基本的にはストーリーありきではあるものの、FGOって割と設定だけでも好きだったキャラがいるんです。
「だった」というのは後から普通にストーリー上での良い活躍が生えてきたためです。
具体的には張角なんですけども、コロンブスやわえちゃん等等、割と自分はFGOにおいては「キャラ単品」で好んでいるキャラが明らかに多いんですよね。
そりゃソシャゲはキャラ商売なのでその傾向が強まるのは当然なんですが。
しかし、同じくそれなりにプレイしているグラブルには居ないんです。まったく。
キャラを性能でしか見ていません。指輪もその時強かったキャラにあげたことしかありません。
ハロムゲン強かったね。パープラトン強すぎたね。
最近は離れているので詳しくありませんが…天元ルシゼロくらいまでの知識しかありません。今何やってるんですか?騎空士は。
で、この差って別にFGOの方がキャラ作りが上手いとかが理由では無いです。ほぼ確実に。
むしろグラブルはキャラ作り割と上手い印象です。
仮にそうだとしてもその程度でこんな極端な差は出ないでしょうし。
では何故こうなってるのかと言えばどう考えても、自分がFGOはストーリーほぼ全部読んでてグラブルは殆ど読んでないから以外にあり得ません。
そりゃここまでの話から考えてストーリー読んでないのにキャラ好きになることは無いよね。
自分の中でキャラが、というか作中世界が活きているかなんですね、恐らくは。
別にそのキャラが自分にとって好ましい活躍をするシナリオがまだ無くても、「FGO」という作品の世界観自体が既に自分の中で活きているので、「設定が良いキャラ」を割とそのまま楽しめるんだと思います。
勿論ストーリーがついてくるに越したことはありませんけど。
まだ活用されていないパーツでも、既にそのマシンが問題なく動いているならその美しさを楽しんだり、今後の活用を楽しみにできる…みたいな。
面白い作品の凝った設定って、設定談義だけでも盛り上がれるじゃないですか?型月作品とか、まさに。これは月厨思想すぎますかね。
主に「キャラゲー」とされるような作品が特に激しく自分の評価と乖離しているのはこれなんだと思います。
自分の中で「これは結構キャラゲー寄りだよな」と思う作品でも最低限のシナリオは担保されていて、世間的にもキャラゲーとされるような作品まで行くともはや自分には評価点が全然見当たらないみたいな感じになってしまいます。
FGO(特にイベントシナリオ)とかハンドレッドラインとか割とキャラゲー寄りだとは思っていますが、どう考えてもシナリオを売りにしているしされているし自分も普通にシナリオを楽しんだゲームですし。
都市伝説解体センターもそれでしたかね。
まのさばは…まあこれも割とキャラゲー寄りには感じましたが、それなりにちゃんと事件と謎解きの過程を楽しんでいたので微妙なところ。
推理ゲームとして十分楽しめるゲーム性がありますからね。
見た目完全にダンロンだけど。
キャラゲー過ぎだなこれ…ってなってダメだったのは久我山栞の死様手帖ですね。
Staffer retroは面白くはあったものの、これもキャラゲー比重高めでなおかつそれがちょっと自分にとってはノイズだった感じでした。
物語の中でキャラを立てるキャラゲーと、キャラそのものを商品・鑑賞対象として立てるためのキャラゲーの2つに大別できそうな気もするんですけど。
前者はまあまあ評価できて、後者はてんでダメになりがちな感じがします。
自分の中でキャラを評価する前提が成立しないからですね。
キャラゲーなのにキャラを評価できなかったらそりゃダメでしょう。
一部のギャルゲーやラブコメとの相性の悪さもここに起因していそうです。
逆に最近遊んだ『ミカクテイ事件の観測者』とかはめちゃくちゃシナリオゲーでした。
これは良くも悪くもな意味合いで、シナリオへの感嘆に対してかなりキャラへの移入が薄かったんですよね。
作品として凄く高評価なんですけど、傑作の壁を突き超えていかなかったのは恐らくキャラがあんまり刺さらなかったからです。
それでも名作という評価は下せるんですけども、結構レアな体験だったかもしれません。
大体の場合で、ストーリーが深く刺さるレベルに達していればキャラも刺さることが多かったので。
それこそうみねことかはキャラ描写の構造的な問題点という意味で結構近しい印象なところはありますが、あれはクソ長かったおかげかキャラ立ての強烈さのおかげか好きなキャラ自体は結構いるしな…

土台のシナリオだけでも十分楽しめるものの、更にその上に行くには盛り付けが大切なのでしょう。
つまりシナリオはケーキであり、キャラはトッピングなんですね。つまり?
だから何だよすぎる自分語りですが、同じような人も割といるんじゃないかなと思いました。
現実はキャラが良ければ売れる傾向にあるので、どうでもいい話でしたが。
だから活俠傳刺さったんだと思うんですよ(急な方向転換)
活俠傳ってベースラインで見ればかなりシナリオゲー寄りじゃないかな?と思っています。
分岐が非常に細かいですし、キャラ売りで考えた際に最も肝心であろう主人公の見た目が最悪という結構凄まじい挑戦をしていますし、何よりもギャルゲー的な要素を含んでおきながらストーリー上ヒロインの個別ルートは脇道のようなポジションになっています。
ギャルゲー的な要素を含みつつも主役は誰がどう見ても完全に趙活本人じゃないですか。
ただ、非常に巧みなシナリオ展開に特化している作品…という評価ともまた違っていると思います。自分の中では。
シナリオゲー寄りではありますが、シナリオ特化作品では無いのではないかと。
大量分岐と長大なボリューム、周回要素によるキャラへの感情移入もかなり強く利用している作品に感じます。
つまりキャラゲー的に見てもちゃんと面白いということです。
自分の理想って多分これなんですよね。
良いシナリオを土台として、キャラを好きになれる作品。これがベストに近いです。この辺りは大体名作~傑作ラインに乗っています。
その上でテキストも良ければ最の高です。
活俠傳はそこも満たしています。海外の言語を翻訳している形なのに。
割と凄いことです。よほど原文が良いのでしょう。
シナリオ+キャラ+テキストを全部満たしている作品って、自分の中では本当に限られています。
FGOの各章抜粋(個人的マイベストはミクトランかなぁ)とかを除くと、
『Fate/Stay night』+『Fate/hollow ataraxia』、『ヘンタイ・プリズン』、そしてこの『活俠傳』くらいかもしれません。
ありえない並び。
まあ月姫リメイクとかも入るとは思いますが…テキスト(文体)って多分属人性が高すぎるんですよね。だから型月作品のテキストは大体好きだし、Qruppo作品のテキストは大体面白いです。
ただまあ、これらの作品全てが明確に人生のADV最上位の作品なのかと言われたらまた違うんですけど。
活俠傳は今のところ「名作+」…いや「名作++」な評価です。傑作予備軍。瞬間的な出力は2倍3倍。
何故かと言えば未完成だからですね。完成している部分もあるんですが未完成な部分も明らかにあります。シナリオ的に。
そこが完成したら本当に文句なしの傑作だと思います。
現状でも余裕で今年のトップ作品、もといここ数年で見ても最上位の作品ではありますが。
また、これらに比べて三要素のうちのどれかが欠けていても、シナリオもしくはキャラもしくはテキストのどれが良すぎてこれらを抑えて上位に来ているような作品もありますし。
『レイジングループ』(シナリオとキャラもとい主人公が良すぎる)
『ぬきたし2』(テキストが良すぎる)
辺りがそうですね。
ありえない並び。
ダンガンロンパの2やV3も該当するかな?
これは推理ゲーとしての気持ちよさも含めているのでちょっと同じ土台には載せづらいですが。
グノーシアも地味に三要素全部良い作品に入る気もする…が、ちょっとキャラに偏ってるか?
短いのでそこまでは行かないんですけど、超テキスト特化の素晴らしい作品としては『でこれいと・でこれいしょん』を挙げたいです。
マジ良いゲームなんすよ…
話が超ブレましたけど、要するに活俠傳はかな~り稀有な良さを持っているADVだということです。純粋なADVではありませんが、まあ概ねADVでよいでしょう。
シナリオが活きており、キャラが活きており、テキストが活きています。
こういうのがいい。こういうのでいい。
基本ここまでの自分の活俠傳周りの感想記事って9割がた(多分既に10本くらい書いてるので本当に9割くらい)既プレイ向けの記事だったので、たまには宣伝っぽい内容も書いてみました。
多分自分の記事を普段から読んでくれる人は(どれくらい居られるのかわかりませんが)まだプレイしていない人も多いでしょうし、それらの人は自分の感想記事は殆ど読めないはずなので。
宣伝っぽい内容って最初の、まだこのゲームへの知見が浅い一周目のみの感想だったので、改めて…という感じですね。
マジ良いゲームなんすよ…
