見出し画像

個別最適な学びへー授業のあり方の「観」の転換へ

前回,私は個別最適な学びのある授業に取り組む中で,
子どもたちが自分で学び始めたことを書いた

教頭でありながら,県や市の任を兼務する中での取組だった

 自分で進められる子は,自分で進む
 分からない子は,教師のところへ来て,一緒に考える
 友だちの考えを参考にしながら,自分の考えをつくり直す

そのような学びの中で,子どもたちは少しずつ変わっていった
そして,その変化は,子どもたちの姿だけでなく,数字にも表れた


平均点が4点上がった意味

教頭時代に取り組んだ個別最適な学びのある授業
当時は,自由進度学習と呼ばれていた実践
私も,同僚から質問されると,そのように呼んでいた
何より驚いたのは,この取組の結果,
テストの平均点は4点上がったのだ……

もちろん,平均点だけで授業のよしあしを語ることはできない
点数が上がればすべてよい,という話でもない
テストで測れる力には限界があるし,
点数には表れにくい学びもたくさんある

だから,私は
「平均点が上がったから,この授業が正しい」
と言いたいわけではない

けれど,その4点は,私にとって大きな意味をもっていた

正直なところ,教育サークルにも参加し,
数々のセミナーで学んで,積極的に研究授業にも取り組んでいた担任時代
データだけでも,134回の研究授業で作った指導案や資料がある
しかしこの取組は,私が教材を作ったが,直接指導したのは,数人であった
たかが4点だったが,されど4点だったのだ……

個別に学ぶことは……

個別に学ぶことは,決して学力を下げるものではない
一斉に同じことを教え込まなければ,
力がつかないというわけでもない

子どもの実態に合わせて学びを組み,
自分で選び,必要な支援を受けながら進むことで,力はついていく

その手応えが,数字にも表れたように感じた
私についてこい!私が分かるようにしてやる!
といった,傲慢とも捉えられるような指導ではなく,
子どもたちのペースで学んだ取組だった

点数以上に,私の手応えが大きかったのは,
子どもたちの姿だった

 「やらされている」から,「自分で進めている」へ
 「分からないから止まる」から,「分からないから聞きに行く」へ
 「できない自分」で終わるのではなく,「次に進む自分」へ

子どもたちは,少しずつ学び方を変えていった

おでこをぺちんと,はたかれた……「観」の転換の始まり

 すべての子が最初から自走できたわけではない
 何をすればよいのか分からず,手が止まる子もいた
 友だちの進み具合を見て,不安そうな表情をする子もいた
 「先生,これでいいん?」と確認しに来る子もいた

けれど,それでよかった,これで,いいのだ!と,
おでこをぺちんと,はたかれた気分になった……

自走とは,放っておいても勝手に進むという意味ではない
必要なときに支援を受け,また自分の足で進み始めること
分からないときに立ち止まり,聞きに行き,もう一度やってみること

その往復が,教室の中に生まれていた
教頭会の機関誌の奈須先生の記事とあの図……

授業の見方や取り組み方の「観」が,
私自身の中で,少しずつ変わっていくのを感じた……

次回は,校長として異動した小学校での取組から,綴りたい


いいなと思ったら応援しよう!