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トイレまで20分。廊下を這いながら悟った、教師の「持続可能な」守り方|休み時間#15(腰痛①)

#休み時間シリーズ (第15話)
学校の先生や教育全体に関する
あるあるな話題を取り上げていきます。

※このシリーズは、どの回からでも読めます。

「最近どうですか?」
「いやぁ、腰がね……」

職員室の朝、コーヒーを淹れながら交わされるこの会話。もはや教師たちの「共通言語」と言ってもいいかもしれません。

教師という仕事は、腰にくる。
これは長年の実感であり、避けては通れない宿命のようなものです。



1. 魔女の一撃は、静かに忍び寄る

最初の「一撃」は、20代後半の時でした。
若さゆえの「自分はまだ動ける」という根拠のない自信。
野球部の指導で何百本もノックを打ったあと、さらにジムへ。
いつもよりベンチプレスの重りを増やし、回数も増やしました。

「よ~し、だいぶ大胸筋が大きくなってきたぞ」

満足げに帰宅したその夜、腰に感じた重たい違和感が・・・。
私はここで、やってはいけない「NG行動のフルコース」を
してしまいました。

・熱い風呂でじっくり温める
・念入りにストレッチで伸ばす

まだネットで情報がとれない時代、
「ほぐせば治る」という勝手な思い込みが生んだ行動。
翌朝、私は地獄を見ることになります。

2.廊下で出会った「人類の祖先への思い」

目が覚め、起き上がろうとした瞬間。
腰に走ったのは、まさに「魔女の一撃」と呼ぶにふさわしい衝撃でした。

寝返りすら激痛。立とうとすれば激痛。
「えっ、いったい自分の身体はどうなっちゃたんだ!」
「どうしよう、この痛みが消えなかったら・・・」

絶望の淵に立たされた私を、さらなる試練が襲います。

「トイレに行きたい」

痛みよりも強い生理現象。
痛みで立ち上がることができないので、
ゆっくりゆっくりと廊下を這いました。
普段なら数秒で着くトイレに、
20分かけて到着。

「人は、こんなにゆっくりしか進めないのか。二足歩行を身につけた猿人はすごい!」
冷たい床を這いながら、私はなぜか人類の祖先に感動すら覚えていました。

3.絶望の診断と、衝撃の事実

仕事を休み、何とか這うようにして辿り着いた、一件目の整形外科。
レントゲンを眺める先生の口から出たのは、あまりに重い一言でした。

「うーん、椎間板ヘルニアの可能性があるね。……手術も視野に入れておいてください」

腰を手術!!!!!
20代後半、働き盛りの私にとって、その言葉は「選手生命の終わり」を告げられたような衝撃でした。一気に血の気が引き、診察室の白い壁がさらに白く見えたのを覚えています。

「本当に治るのかな?私の人生、これからどうなるんだ……」
「できれば手術したくない」

絶望の淵で、藁をもつかむ思いで二件目の整体院へ。
そこで、ベテランの先生は私の腰を触りもせず、あっさりとこう言いました。

「あー、典型的なぎっくり腰だね。炎症起こしてるから、とにかく冷やして安静に!」

……えっ、冷やす?

 「良かれと思って」が命取り

ここで私は、昨夜の自分の行動を思い出し、戦慄しました。
私が「腰のために」と良かれと思ってやったこと。それは、ぎっくり腰における「やってはいけないNG行動のフルコース」だったのです。

  • 熱い風呂で温める
    (正解:炎症を起こしているので、冷やすのが鉄則。温めるのは火に油を注ぐようなもの)

  • 念入りなストレッチ
    (正解:傷ついた組織をさらに引き裂く行為。絶対安静が正解)

  • 「ほぐせば治る」という根拠のない自信
    (正解:素人判断のセルフケアが、一番の重症化リスク)

つまり私は、燃え盛る火事にガソリンをぶっかけ、それをうちわであおっていたようなものだったのです。

「若さ」とは、時に残酷なまでの無知を伴います。
「動かせば治る」「気合でなんとかなる」という体育会系の思考回路が、
自分の首(というか腰)を絞めていたのです。


4.なぜ教師には腰痛持ちが多いのか

この一件以来、私は職員室の先生たちの動きを観察するようになりました。
そこで気づいたのは、教師という職業がいかに「腰への負担」で成り立っているか、ということです。

  • 立ちっぱなしの授業: 重力との戦い。

  • 中腰での机間巡視: 子供の目線に合わせる優しさが、腰には牙をむく。

  • 部活動での無理: 若手ならなおさら、体力の限界を超えて動いてしまう。

  • 重い教材の運搬: 階段の上り下りは、まさに腰へのスクワット。

そして何より、教師特有の「自分がやった方が早い」精神。

「ちょっとこれ運んでおこう」
「自分が我慢すれば、授業は止まらない」

そんな責任感から、私たちは無意識に自分の体の悲鳴を無視してしまいます。
違和感があっても「あとでいい」「寝れば治る」と自分を後回しにする。
でも、腰は正直です。
心はごまかせても、筋肉と骨は嘘をついてくれませんでした。

5. 8年間、再発ゼロの習慣

実はあの「一撃」以降も、私は何度かぎっくり腰を繰り返しました。
そのたびに悶絶し、這いずり回り、ようやく学んだのです。
「気合」では腰は守れない。守るべきは「習慣」なのだ、と。

私がこの8年間、再発ゼロを更新し続けている「地味だけど最強の対策」がこちらです。

① 足は組まない
椅子に座ると、つい足を組みたくなります。でも、あれは腰にとっては「骨盤の強制歪ませマシーン」に座っているようなもの。
今は、どんなに組みたくなっても両足を地面につけます。これだけで、夕方の腰の「重だるさ」が劇的に変わりました。

② ひざを曲げる
ぎっくり腰は、重いものを持った時だけに起きるわけではありません。一番危ないのは、ふとした瞬間の「お辞儀のような姿勢」です。
私は今、たとえ落ちた鉛筆一本を拾う時でも、必ず膝を曲げて腰を落とします。
「そこまでやる?」と若手に笑われようと構いません。魔女の一撃を食らうよりは、スクワットを1回増やす方が100倍マシだからです。

③ 「抱き枕」を使って横向き寝

寝る時は、抱き枕を抱いて横向きに寝る。これが腰の負担を逃がす最高の姿勢です。
……想像してみてください。いい歳をしたおじさんが、夜な夜な抱き枕をギュッとしている姿を。客観的に見れば、若干……いや、かなり怪しい光景かもしれません。
しかし、背に腹(いや腰)は代えられません。見た目の尊厳よりも、腰の安寧。今や抱き枕は、私の夜の守護神です。

④ 「助けて」を飲み込まない
これが一番大切かもしれません。重い教材、行事の準備、机の移動。
「これくらい、自分でやった方が早い」
そう思った瞬間に、黄色信号が灯ります。
私は、重いものを見つけたら、迷わず近くの若手や同僚、時には生徒を頼ることにしました。
「ごめん、これ一緒に持ってくれない?」
この一言が言えるようになってから、私の腰だけでなく、職員室の風通しも少し良くなった気がするのです。

おわりに:あなたへ伝えたいこと

かつての私は「自分が頑張ればいい」と思っていました。
でも、腰が教えてくれました。無理は、続かない。

頼ることは、弱さではありません。
教師という仕事は、短距離走ではなく、長い長いマラソンです。
「自分を大切にすること」は、決して後回しにしてはいけない。
腰を守ることは、あなたの未来を守ること。そして、長く子供たちの前に立ち続けるための、立派な技術なのです。


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▼休み時間シリーズ前回:
第14話:月亭方正

次回:
第16話:腰痛②

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