見出し画像

フジファブリックの「全公式発表曲」を分析してみた(その2)

前回、フジファブリックの「全公式発表曲」が、198曲(オリジナル曲188曲・別名儀1曲・カバー9曲)
であることと、「ボーカル別曲数」と「作曲者別曲数」について紹介した。

前回に引き続き、今回は、フジファブリックの「全公式発表曲」の「作詞者別曲数」について紹介し、自分なりの考察を行ってみる。

作詞者別曲数

全198曲のうち、カバー曲9曲と歌詞がない4曲を除いた、オリジナル曲185曲の作詞者は以下のとおりとなっている。

・志村正彦 83曲
・山内総一郎 51曲
・山内総一郎+加藤慎一 4曲
・山内総一郎+加藤慎一+金澤ダイスケ 1曲
 (「君は炎天下」)
・山内総一郎+百田留依 1曲
 (「Green Bird」)
・金澤ダイスケ 10曲
・金澤ダイスケ+加藤慎一 2曲
 (「スワン」「Time」)
・金澤ダイスケ+山内総一郎 1曲
 (「瞳のランデヴー」)
・加藤慎一 27曲
・加藤慎一+山内総一郎 1曲
 (「パレード」)
・加藤慎一+志村正彦 1曲
 (「会いに」)
・フジファブリック 2曲
 (「カンヌの休日」「Particle Dreams」)
・バカリズム 1曲
 (「Tie Up」)

数字が示す志村体制の「本質」

オリジナル185曲のうち、志村正彦の作詞曲は83曲。
この数字は単なる「最多」という事実以上の意味を持っている。
志村期のフジファブリックは、
・作曲:志村中心+メンバー参加
・作詞:ほぼ志村単独
という体制だった。
つまり、バンドの「言葉の世界」は完全に志村のものだったのである。
この時期のフジファブリックの個性は、ほぼそのまま志村の歌詞世界と重なっている。
フジファブリックらしさ=志村の言葉、と言っても過言ではない。
数字は、その体制の輪郭をはっきりと示している。


志村正彦という「天才」の言葉

志村の歌詞は、実に多彩だ。
「桜の季節」「陽炎」「赤黄色の金木犀」に見られる叙情的な世界。
「TAIFU」や「銀河」に代表されるリズムと言葉遊び。
「若者のすべて」「ByeBye」「茜色の夕日」のような自伝的な物語。
そして『CHRONICLE』期に顕著な、内面の葛藤をそのまま吐き出すような詞。
これほど振れ幅のある表現を、ひとりの人物が書いている。
これは単なる才能というより、感受性の密度が異常と言ってもいい。
しかも、そのどれもが「フジファブリックらしい」。
正直に言えば、志村正彦はやはり「天才」だったと思う。


「会いに」という特異点

志村と加藤慎一の唯一の共作が「会いに」だ。
ただし、これは例外的な一曲である。
志村がサビの一部のみを残し、亡き後に加藤が歌詞を補完して完成した。
この曲は、志村期から山内体制へと移る過程における「橋」のような存在だ。
このとき、加藤の作詞が高く評価されたこともあり、山内体制初期では加藤が作詞の中心を担うようになった。
数字で見ると、加藤単独の作詞は27曲。
共作を含めると36曲に関与している。
ここにもまた、体制の変化がはっきり表れている。


山内体制への移行と「更新」

山内体制中期以降、フジファブリックは徐々に「志村の残響」から「山内中心の表現」へと重心を移していく。
山内総一郎の作詞曲は51曲。
志村に次いで第2位である。
特に『LIFE』以降の山内の歌詞は、明らかに進化している。
「ブルー」や「LIFE」では、志村とは異なる視点から独自の世界を描き出す。
そして「手紙」。
この曲の歌詞は、大阪の家族や友人へ宛てた私的な言葉で綴られている。
それは過去の自分を振り返るというより、今を生きる自分から他者へと差し出されるメッセージだ。
志村が「内面の深部」を描いたとするなら、山内は「関係性の中の自分」を描く。
志村とは方向は違うが、そこには確かな深さがある。
志村を「越えた」とは言いにくい。
しかし、確実に新しいフジファブリックの世界は「更新」された。
この更新こそが、志村なき後もバンドが続いた理由なのだと思う。

いいなと思ったら応援しよう!